死ねば転生できるんだよね……?

川詩夕

死ねば転生できるんだよね……?

 目が覚めると隣で見慣れた顔の女が裸で眠っていた。

 厚化粧ではあるが年齢は若いため肌艶も良く顔立ちは整っている。

 トレンドなのか知らないが不自然にボリュームアップされた付け睫毛まつげからは傲慢な性格がにじみ出ている様に感じられた。

 馴染みのないダブルベッドから立ち上がると自分も全裸である事に気が付く。

 空腹を覚えながら、下腹部が妙にむず痒かった。

 部屋の空気が乾燥していて喉に違和感を感じる。

 備え付けのスリッパを履かずに素足のまま浴室へと向かい大きなバスタブに熱い湯を張った。

 安価な入浴剤の袋を開けるとほのかに花の香りが漂ってきたけれど、この程度でリラックス効果は期待できそうにない。

 数ヶ月間の時間を掛けて、ようやく事を成し遂げたというに気分は憂鬱ゆううつだった。

 熱い湯に浸かっているにもかかわらず、身体の芯が冷え切っている気がしてならない。

 これは冬のせいなのだろうか。

 シャンプーとコンディショナーを使用して入念に髪を洗った後、備え付けのドライヤーで髪を乾かし着替えを済ませた。

 女をベッドに眠らせたまま部屋を出ると、ホテルのフロントへと向かった。

 宿泊料金の精算を済ませるとフロント係り対して「連れはチェックアウトの時間に退出する」と告げてホテルを後にした。


 外は見渡す限り雲一つなく快晴だった。

 その足で妹が生前一人暮らしをしていたマンションへと向かった。

 妹は一年前、二十六階にある自室のベランダから遺書も残さず身を投げた。

 二十一歳だった。

 職場内で執拗以上にイジメを受け続け、心身共に壊され尽くし、挙句の果てに自らの命を絶った。

 妹の職場は世間と比べると極めて珍しい職場だった為、その事実は一時世間を揺るがし、マスコミによってセンセーショナルに報道された。

 しかし、イジメという証拠の無い事実は職場を越え、企業ぐるみで隠蔽いんぺいされてしまい、全てが有耶無耶うやむやのまま真相は闇に葬られてしまった。

 時間の経過と共に妹の死は世間から何も無かった事のように忘れ去られていた。


「お姉ちゃんね……小雪の為に頑張ったつもりだよ……でもね……これが正しい事なのか何だかよく分からないや……ごめんね……」


 次々と涙が頬を伝い落ちる。

 数時間前、妹を死へ追いやった女をこの手で絞殺した。

 お酒で酔わせてから、睡眠薬を飲ませて眠らせた。

 女の首筋にぐいと爪が食い込み、皮膚が破れる程の渾身の力で首を絞めた。

 絞殺した感触がまだ手に残っていて、微かに震えている。


 転生できるかな……。


 死ねば転生できるんだよね……?


 私は小雪と……。


 もう一度……。


 再スタートするんだ……。


 私は妹が身を投げたベランダの手摺てすりに震える指先を添えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死ねば転生できるんだよね……? 川詩夕 @kawashiyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ