第九章


翌朝、トニーは目覚めると支度して練習する為にレンタルスタジオに向かった。

今日はメンバー募集帳のBを借りてこよう。

そう決めていた。

練習が終わってメンバー募集帳のBを借りようと手に取り、トニーが受付にいる少年に声をかけようとすると、それより早く受付の少年が口を開いた。

「あの、突然だけど、メンバー募集の応募パートはヴォーカル?」

「うん。そうだよ」

「ジャンルはロックバンド?」

「うーん、まぁ出来たら…」

「それなら良かったら、うちのバンドのオーディション受けてみない?うち、ずっとヴォーカリスト決まらなくて」

「そうなの?俺、あんまり歌上手くないけど…そう言ってもらったら、ぜひ君のバンドのオーディション受けてみたいな…なにしろ、なかなか決まらなくて。ヴォーカリスト募集も、あんまりないし」言いながらトニーは、声をかけてきた受付の少年を見つめた。同い年くらいで金色の髪が肩にかかって少し長めで前髪で殆ど目が隠れていた。

「うん!うちのバンド受けてみてよ。後で日時を連絡するから電話番号、教えて」

トニーは受付の少年に電話番号を教えた。

それでも一応メンバー募集帳を借りようとするトニーに少年は、うちのオーディション受けてからにしてと言って借りるのを待たせた。

その日の夕方に受付の少年、ジェイミーから連絡がきた。

CDを貸すのでスタジオに来て欲しいと。

そしてCDの曲を覚えてオーディションに来て欲しいとのことだった。

トニーは再びスタジオに出向いた。

ジェイミーが、うちのバンドのCDだからと手渡してきた。

真っ白でキラキラしたパールホワイトのジャケットにメタリックなライトブルーで、「ブルートパーズ」と記されている。

ジェイミーがバンドの名前だと教えてくれた。

あの、青い…というより濃い水色の宝石の名前だ。

トニーはブルートパーズを思わせるジェシカの青い瞳を思い出した。

トニーは借りたCDを何回も聴いて曲を覚えた。

だが…聞こえてくるヴォーカリストの声は、どちらかと言えばトニーの声質とは全く違うものだった。

…曲は凄く好きだけど…俺、このバンドのオーディション受かる気が全くしないんだけど…

なんで、あのスタジオの受付の彼は俺に自分のバンドのオーディションを勧めたのかな。

似た声質でもないのに…。

そういう気持ちが強くなる一方だったが、とりあえず曲は覚えた。

後日、気が進まないまま指定された日時と場所に着くとジェイミーが既に待っていた。

「あの…曲は全部覚えてきたけど…俺の声質って、このCDに収録されているヴォーカリストと全く違うけど…」

借りていたCDを返しながら言いかけたトニーにジェイミーは笑顔を向けた。

「そう。だからいいんだ。同じような声じゃない方が、ね。説明していなくて、ごめんね」

「…?」

メタリックグレーの建物の地下に案内されるとメンバーが待っていた。

ジェイミーがメンバーを紹介していく。

ベーシストでリーダーのロバート・ダンバー

ギタリストのアレン・ヴァーノン、

ドラムスのスティーブ・バートン

そしてキーボードのジェイミー・ブレオ

「じゃあ俺達が演奏するから合わせてみて」

ベーシストのロバートが声をかけた。

トニーは演奏に合わせて難なく歌いこなした。

結局、CDに収録されていた8曲を全部歌い終わってからトニーはスタジオの外の通路で待たされた。

「先生、どう思った?」

ジェイミーがロバートに訊いた。

「ジェイミー、バンドの時は先生じゃないだろ」ロバートが答える。

バンドのメンバー全員に顔を向けるとロバートが口を開いた。

「俺は…彼は粗削りなヴォーカルだけど声質は曲に合っていたと思うけど皆は、どう思った?」

「同じだよ俺も思った。それに奴と同じような声質だったら悪いけど萎えたよ」

と、ギタリストのアレン。

「活動再開するのに萎えたくないしな。荒削りは確かにね、それは追々磨いたら、もっと良くなるんじゃないかな。ともかくリズム感は良かったね。なんかルックスも、かなりいいからフロントマンとしていいと思ったよ。彼が入ってくれたら女性ファンが増えるな~♪」

と、ドラムスのスティーブ。

「僕はバイト先のスタジオに彼が来た時から、なんとなく合うんじゃないかと思っていたんだ。話す声も、とても良かったから」

と、ジェイミー。ロバートは頷いた。

「決まりだな。まずは未発売のままだったアルバムのヴォーカルは彼の声で録り直そう。その後は何回かゲリラライヴで、新しいヴォーカリストを御披露目して。好評なら国内のツアーの日程も決めよう。…と、言っても彼さえ良ければ、だけど…」

と、言うロバートの言葉に全員が頷いた。

ジェイミーがトニーをスタジオに呼び戻した。

「メンバー全員、君をメンバーに迎えらえたら嬉しいんだけど…どうかな?」

トニーは曲を覚える為に聴いていたけどブルートパーズの音楽が気にいっていた。

「本当に、俺でいいんですか?」

信じられない気持ちだった。

「全員が賛成だから」ロバートが答えトニーと握手を交わし、トニーは他のメンバーとも握手した。

トニーはロバートから知り合いのヴォイストレーナーを紹介してもらった。

粗削りな部分を丸くすれば、もっと良くなるとアドバイスされたのだった。

トニーは素直にヴォイストレーナーに習った。

こうしてロックバンド、ブルートパーズは新たなスタートをきった。


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