第六章


「ああ~甘く切ないトキメキは君だけに~恋の始まりはぁ~それは君のためだけさぁ~♪」

キラキラしたスポットライトと歓声の中で踊りながら歯が浮くような歌詞の曲を歌い終わり、一礼すると8人の少年達はステージ袖に向かった。

黄色い歓声が止まない。

8人の少年は、それぞれ自分の楽屋に入った。

黄色い歓声が半分くらい落ち着いた中を司会者が話し始めたのが聞こえてきた。

「ファンの皆さんの熱気が凄いですね。いやぁ~さすが人気、実力共にナンバーワンですね!リズムは」

音楽番組の生中継。

抽選で当たって入場した観客のほとんどがリズム目当てだった。

歌っていた8人の少年の一人、トニーは、楽屋に入り司会が述べたお世辞が聞こえると、自分が着ている衣装の上着を乱暴に脱いで椅子に投げつけた。

(はぁ?人気、実力共にナンバーワン?実力なんて何処にあるんだよ?大笑いだぜ!)

トニーは他の7人の少年達と歌って踊るアイドルグループ、リズムのメンバーだった。

容姿だけで寄せ集められて、ゴーストライターに曲を書かせオリジナル曲と称して主に若い女性向けに育てられたアイドルグループだった。

(もうグッタリだ!ウンザリだ!偽物の世界でキャーキャー言われたって嬉しかねーよ!)

辞めてやる!

こんなチャラチャラしたキラキラなもん着せられて踊って歌うなんて性に合わねー!

トニーは6歳の頃、スカウトされてアイドルとして歌ってきた。

現在十六歳。

背が高く黒に近いダークグレーの髪は真っ直ぐで長く、濃いグリーンの瞳で美少年揃いと言われているリズムのメンバーの中でも際立ったルックスだった。

歌うことは嫌いではなかったけど、最近では歌っていても観客はほとんど真剣に聴いていなくて、ただただ、歌って踊るキラキラな美少年達を見てキャーキャー騒いでいるんだ、ということを痛感していた。

こんな世界、おかしーだろ!

辞める!絶っ対っに辞める!俺には超合わねー!

そう決意を固めるものの、言い出すキッカケを掴めないほどアイドルグループ、リズムのスケジュールは過密を極めていた。

ある日、音楽番組の生中継で出演が終わり楽屋に戻った時に、いつもの黄色い歓声が半減しているような感じがした。

「はい、リズムの皆さん、ありがとうございました~」

いつものお世辞丸わかりな司会者のコメントもなかった。

まぁ、その方がいいけど。

トニーは椅子に腰かけ、聞こえてくる司会者の声を聞きながら着替え始めた。

「さて、次の出演者の方はですね、人気赤丸急上昇中!皆さんお待ちかねです、登場して頂きましょう!」

司会者が言い終わらないうちに、黄色い歓声が鳴り響いた。

が、アコースティックギターが聞こえ始めると歓声はピッタリと止んだ。

聞こえてきた歌声は、とても上手なものだった。

彼が歌い終わると嵐のような拍手喝采が鳴り響いた。

黄色い歓声も、やや混ざっていたが、それを上回る拍手は、なかなか鳴り止まなかった。

スゲー…初めて聴いた。めちゃめちゃ歌上手い!

トニーは楽屋を飛び出して歌声の持ち主を探した。

通路を走っていくと前方からギターを背負った若い男が歩いてきた。

たぶん、イヤ絶対この人だ!トニーは息を切らしながら男に近づいた。

男は立ち止まり静かにトニーを見つめた。

二十歳くらいだろうか…

黒い髪は、やや長めで面長で涼しげで端正な顔立。

黒のTシャツにジーンズ姿だった。

彼は息切れしているトニーを一瞥すると、

「下手クソ!」と言い放ち去って行った。

それを間近で見ていた番組関係者達はクスクス笑いだし、ヒソヒソと何かを囁いた。

トニーは面と向かって下手クソと言われたことは気にしてなかった。

自分の歌が上手いなんて思ったこともなかった。

ゴーストライターに曲を書かせておきながら自分達で作ったオリジナル曲だと偽りキャーキャー喚くだけの客の前でクネクネ踊って歌うだけの偽物の世界で歌が上手いなんて誉められるワケがない。

トニー自身は自分の状況を客観的に、そう思って見ていた。

ただ、心の込もった彼の歌声がトニーの心を掴んでいた。

今の環境を抜け出して歌うことに真剣に向き合いたい!俺は歌うことは大好きだ。だけど、この環境は違う。

今度こそアイドルグループを辞めよう!

トニーは、そう決めると所属事務所に連絡するべく支度をするとアパートを出た。

電話しても埒があかないから直接、社長に会って話をしようと思ってのことだった。

トニーはタクシーを拾うべく道路を見渡した。

「きゃーっ!トニーよ!トニーが居たわーっ!」

「トニーですって!」

「きゃー!」

不意に数人の女性の黄色い声が響き渡った。

(ちくしょう、アイツら透視メガネか特殊能力でも持っているのか?)

バレないように髪を結んで帽子の中に隠し目深に被り、地味な服装にサングラスをかけているのに見破られたのだった。

トニーは走って逃げた。

「きゃー!」

「あっちよー」

「左に曲がったわ捕まえてっ!」

(はぁ?捕まえてってなんだよ?俺は珍獣か?逃走中の凶悪犯か?とにかくタクシーを拾わないと)

トニーは走り続けた。

「居たわ!こっちよ!」

女性達の足音がバタバタと背後に迫ってきた。

角を曲がると行き止まりだった。

「居たわーっ!きゃーっ」

「本物よ!」

女性達がドヤドヤとトニーを追い詰めた。

「何の用だよ、近寄るなよ。プライベートなんだから!」

息を切らしながら言うトニーに女性達はジリジリと近寄ってきた。

7、8人はいる。

女性とはいえ、こんな大人数に囲まれたら…

「逃がさないでよ」

「みんなで押さえるわよ!」

「せーの!」

女性達が一気に襲いかかりトニーは押し倒されて手足を抑えつけられた。

「なんのつもりだよ?放せ!」

「頭よ!頭も押さえて!」

女性の一人が言った。

トニーは頭も押さえつけられ結んでいた髪はほどかれた。

「ちくしょーっ!放せー!」

ジャキッ!

トニーの髪が切られた。

「やった!もらったわ!」

「きゃー!」

「1本ちょうだーい」

「きゃー」

女性達は切ったトニーの髪を持ち走り去って行った。

(なんなんだアイツら…俺、一瞬マヂに輪姦されるかと思った…怖ぇ~)

トニーは地面に横になったまま茫然としていたが、しばらくして立ち上がると服を叩いて汚れを払い通りに出るとタクシーを拾い、所属事務所に向かった。

ファンらしき複数の女性に襲われ髪を切られた事も報告してトニーはアイドルグループを辞めた。

不幸中の幸いか切られたのは十本くらいで、さほど目立たなかった。

「ぇえ?トニーが辞めるって?」

「トニーって誰さ?」

「メインが抜けちゃうの?」

「突然だなぁ」

「ノーコメント」

「7人でもオッケーでしょ」

「ラッキー7てことで」

アイドルグループ、リズムからリードヴォーカルとして活躍していたトニー以外の7人のメンバーのコメントだった。

「トニーさん、リズム脱退についてコメントお願いします!」

マスコミにかなり煩くまとわりつかれたトニーは一言、

「俺には向いてなかったってことなんだよ」と言い捨て去って行った。

トニーは住んでいたアパートの荷物をまとめ、地図を眺めていた。

6歳でアイドルグループに入り、十二歳で一人暮らしをしていた。

母親はオペラ歌手で世界中を歌って回っていたし、父親はオーケストラの指揮者でやはり世界中を回っていてトニーは顔も覚えていなかった。

携帯が鳴った。

見ると、トニーの母親からだった。

(リズムを辞めたの嗅ぎ付けたな)

イラッとしながらもトニーは着信を受けた。

「ハロー、ママなんの用?」

「なんの用って…、トニー、リズムを辞めたっていうニュースを聞いたからよ。どうしたの?」

(俺を放置していても抜けた理由は聞いてくれるんだ…)

「もう随分前から感じていたんだけど誰も歌っているのを聴いてないんだ。キャーキャー騒ぐばかりで。それにママ、俺は外を歩くのも、儘ならないんだ。ファンに見つかったら触られたり物を盗られたり。この前なんか追いかけられて押さえつけられて髪を切られたんだよ!強姦されるかと思ったよ。ファンという名の通り魔でしかないんだよ!そんな奴らにキャーキャー騒がれても嬉しくなんかないよ」

母親はため息をついた。

「そういう一部の心ないファンの行動は目立つのよね…髪を切られたなんて…怪我はしなかった?理由は解ったわ。でも残念ね。アイドルなら将来も安泰でしょうに」

トニーは更にイラッとした。

「ママ、アイドルなら将来も安泰って何言ってるのさ?今はまだ俺は十六歳だけど、将来って俺が四十歳とか五十歳になったら、この国じゃアイドルなんか通じないよ」

「トニーなら四十歳五十歳になっても素敵よ。ママはあなたがハンサムになるように産んだのだから」

「~✴️」

(四十になってハゲるかもしれねぇし五十になったら腹だって出るかもしれねぇじゃん)

そう思ったけど黙っていた。

「それでリズムを辞めたけど、これからどうするの?」

「ちゃんと聴いてもらえる歌を歌えるようになりたいんだ。住んでいたアパートは引っ越すよ」

「そうなのね。解ったわ。トニーなら出来るわ。ママ信じてる。落ち着いたら連絡してちょうだいね」

「うん、解ったよ。またね」

トニーは電話をきった。

(普段は連絡なんかして来ないのに、一応、何かあれば気にかけてくれるんだな)

トニーは、とりあえず、この国を出て、アイドルグループリズムのトニーを誰も知ってる人間がいない所に行きたかった。

決意を固めアパートを出て空港に向かおうと一歩踏み出したところで、あのギターを背負った若い男がアパートの前に立っているのに気付いた。

トニーはなぜだか嬉しくなって駆け寄った。初対面では下手クソ!と一喝されて、ろくに話すことが出来なかったけど、自分が歌が上手くないのは解っていたし機会があれば話したいと思っていた。

駆け寄って挨拶してきたトニーに男は挨拶を返した。

「アイドルグループ辞めたんだってな」

「うん、もう色々ウンザリしていたから」

彼はすうっと息を吸い、またふうっと吐いてからトニーを見つめた。

「その、あの時、悪かった…下手クソとか言って。大人げなかったよ。本当に、ごめん」

「イヤ、歌が下手なのは本当のことだし」

キッパリと言い切るトニーを一瞬呆気にとられて見つめたギターを背負った彼は笑い出した。

「なんか、俺はアンタのことをチャラチャラしてキャーキャー言われて喜んでる奴だと思って誤解していた。本当、ごめんな…」

トニーは、かぶりを振った。

「本当に歌を聞いて喜んでくれるなら、ともかく。あれは誰も真剣に聴いてくれていないと思う。もっとも俺らがチャラチャラして歌うのに、そんな価値ないし。作り笑いも疲れたんだ。それより俺は…あなたの歌、本当に凄く上手いって思ったんだ。だから話してみたいと思っていたんだ」

「…ありがとう。で、アイドル辞めて、これからどうするんだい?」

「とりあえず、アイドルグループリズムのトニー・オルセンを知ってる人が誰もいないところに行って音楽をやり直したいんだ」

「誰もいないとかって厳しくないか?」

「そんなことないよ。それに万が一、問われても他人のそら似ってしらばっくれる」

「そうか頑張れよ!成功を祈っている」

「ありがとう!あなたも!」

二人はガッチリ握手を交わした。

トニーは、ロックバンドやロックグループといった音楽活動がかなり盛んという国に降り立った。

ハードロックバンドやヘヴィメタルバンドが特に人気ある国だ。

ロックバンドのヴォーカルのオーディションを受けたいと思っていた。

所属していたアイドルグループの音楽がロック寄りで歌い慣れていることもあるからだ。

トニーは、ひとまずアパートを借りた。

アイドルグループ時代に、たっぷり稼いでいたのと忙しくて金を遣う暇もなかったので金には困らないけど、バンドを探しながら何か仕事もしてみたいと考えていた。

アイドルは性に合わなかったけど歌うことは好きだから。

とりあえずは練習をしておこうと練習用のスタジオに行った。

スタジオであらかた声出しをして、帰ろうとした時にトニーは、ロビーにある本棚に気がついた。

分厚い本が何冊か並んでいて、なんと、

「バンドメンバー募集帳A」と背表紙に手書きされていた。

手に取ってパラパラとめくって見てみると、どうやらバンド名のアルファベット順に掲載されているようだった。

各ページも、それぞれのバンドの手書きやパソコンで作られた物だった。

ヴォーカル募集、ドラムス募集、ギター募集、様々だ。

トニーは受付にいる同い年くらいの少年に声をかけた。

「スミマセン、あの、これって借りられますか?」

「大丈夫ですよ。こちらの貸出し表に名前と日付を書いてください」

少年は笑顔で明るく答えた。

トニーは1冊借りた。

部屋に帰ってからくまなく募集帳に目を通した。

ヴォーカル募集しているバンドをいくつか書き出し、電話してみた。

電話が繋がらなかったり、留守電だったり、メンバーはとっくに決まっていたり、となかなかオーディションにこぎつけずにいたが、やっと、ひとつのバンドのオーディションの約束を取りつけることができた。

翌日、指定された場所に着いた。

大きな一軒家だった。

ドアチャイムを押すと中から出てきたのは大柄で両腕が刺青だらけ、右鼻穴にピアス、耳には両方で合わせて二十個くらいピアスをつけた、金髪で長髪の男が応対した。

「夕べ電話くれたトニーくん?」

外見とは異なる優しい口調で訊いてきた。

「はい」

「なんだか、とても若いねぇ。まぁ、どうぞ中へ」

中に入り、地下に案内された。

「地下室がスタジオになっているんだよ」

トニーがスタジオに入ると…

大柄な男達が揃っていて、皆それぞれが鼻や頬や耳にピアスをしていて刺青だらけの厳つい容貌だった。

「えっと…トニーくん、だよね?随分若そうだけど?」

「来年、十七歳になります」

メンバー達が、どよめいた。

「うちは、デスメタルバンドなんだけど、ヴォーカルで応募してくれたんだよね?」

「はい!…でも、デスメタルって、なんですか?メンバー募集帳にも書いてあったけど、会ってから訊こうって思っていたので」

「…」

バンドのメンバー達の表情が、やや強張って、顔を見合せた。

「トニーくん、デスヴォイス、出せる?」

「デスヴォイス?」

メンバー達は、ため息をつくと目配せをして、それぞれ楽器を手に取った。

トニーを案内した両腕が刺青だらけの男が、

「ちょっと聴いてみてくれ」

と言うと、ドラムス担当者がスティックでカウントをとり激しく叩き始めると同時にギターとベースがザクザクとリズムを刻み始めた。

両腕刺青だらけの男が咆哮をあげた。

低く、暗い声はホラー映画で聞こえてくるような死者の呻き声を思わせた。

トニーが全く聞いたことがないジャンルの音楽だった。

これはこれでカッコいい音楽だけど、自分には歌うのが難しいとトニーは思った。

「スミマセン、応募するジャンル間違えました」

厳つい容貌とは裏腹な心優しい男達に見送られトニーは帰って行った。

部屋に帰ってから募集帳を見直してみたがジャンルを詳しく書いてあるバンドは、あまりなかったがトニーが先ほどオーディションを受けようとしたバンドのページには、やはりデスメタルと明記してあった。

トニーはYouTubeでデスメタルを検索していくつかのバンドを何曲か聴いてみた。

デスヴォイスなる声はトニーには発声できるものではなかった。

募集帳を見直し、まだ応募していないメンバー募集しているバンドに連絡してジャンルの記載がなければジャンルも確認することにした。

季節は冬が近づいていた。

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