第四章

僕は4日ほど学校を休み、復学した。

「エドワード、君の兄さん退学したって聞いたよ、どうしたの?」

学校は違っても有名人な兄の噂は広まり、僕は何も知らないクラスメイト達から質問攻めに遇った。

どう答えればいいのか、僕は迷って答えられずにいた。

僕は、詳しいことは解らない、の一言で通すことにした。


「エドワード、大丈夫か?お兄さんの退学の話、噂で聞いたよ。本当なのか?」

僕の親友 ジョージが心配してくれた。

あれから二度目の週末を迎えて、僕は実家に帰る気にならず寮に残って外出届けを出してジョージと会った。

二週間という時間は僕の身体の傷は少々癒えたものの、レイモンドのことは何一つ解決していなかった。

解決しようのない問題だった。

ジョージは音楽を聞く専門だけど幼い頃からの友達でレイモンドが知らないことも共有している、ピアノの教師を目指す僕の理解者で何でも話せる親友だった。

週末によくジョージと会う軽食の店で軽く食事をしてソーダを飲みながらジョージと何時間でも話すことがよくあった。

この週末も例にもれず、だけど気落ちした僕の口数は少なくジョージとの会話は全く弾まなかった。

「…ジョージ」

「どうした?今、話したくないなら無理するなよ。気が向いたら話してくれよ、僕で良ければ聞くよ。いつでも。何でも」

僕の、ただならぬ様子を見てジョージは無理に聞き出そうとはしなかった。

僕は…目の前で僕に笑顔を向ける優しい親友に思いきって話した。

誰かに聞いて欲しかった。

母と僕だけで、兄のことを秘めておくのは辛かった。

レイモンドは、ほとんど食事をせず眠り続け、たまに目を覚ますと時折、悲しい呻き声を上げては自らの手を壁や机に打ち付けた。

レイモンドの手は、元の手の形を留めていなかった。

たった二週間前の出来事。

僕は、ゆっくりとジョージに話した。

しかし、こんな話を信じられる人間なんて、まず、いないのだと、話し終わってからジョージの表情を見て僕は悟った。

「なんだよ、それ…」

ジョージの表情は混乱していて、その目は僕を冷たく突き放した。

「本当のことなんだよ!」

静かに言い切る僕の言葉は店内に静かに流れる音楽に混ざった。

「おまえ、小説家になれるよ、エドワード」

「作り話じゃないんだ!」

僕は着ていたシャツの一番上のボタンを外すとレイモンドに噛まれた首筋の傷痕を見せた。

レイモンドの綺麗な歯並びの跡の中に丸い穴の傷が混ざっている。

よく見ないと、その牙の跡は判別できないけど、確かに牙の跡だった。

レイモンドは白い森の吸血鬼に血を吸われ、音楽の才能を盗られ、中途半端に吸血鬼になってしまったのだ。

元々、母が吸血鬼の一族だからレイモンドにも僕にも、その血は流れていることになるけれど。

「兄弟ゲンカかよ」

「ジョージ…そんなんじゃないんだ!」本当のことなのに…どう言っても伝わらない様子がジョージの突き放すような目か僕の心に痛みを伴った。

「心配したのに、そんなワケ解らない話をされるとは、な」

ジョージは立ち上がると自分の分の会計を済ませて店を出て行った。

僕は追いかけなかった。ジョージの背中が僕を拒絶しているのが伝わった。

このあと僕は親友を失った虚しさを抱えながらも毎週末は実家に帰り、母と一緒にレイモンドの介護に努めた。

上の学校に進学して勉強して、やがてピアノ教師の資格を取得した頃、僕は自分の外見が、あの事件が起きた十五歳の頃と、ほぼ変わっていないことに気付いた。

身長も、伸びていなかった。

母は、そんな僕に、たぶん自分の一族の血とレイモンドがアーリットに血を吸われた後に僕の血を吸ったことで、そんなことになってしまったのかもしれない、と涙を流し辛そうに話した。

この頃になるとレイモンドは寝たきりになり、錯乱して自分の手を痛めつける体力もなくなっていた。

母は心労で倒れ、僕は母とレイモンドの介護をしながら、それでも自宅でピアノ教室を開き何人か子供たちに教えた。

十年ほど経った頃、母がレイモンドを心配しながらも世を去った。

レイモンドは寝たきりのままで、母の元へ行ってしまうのも時間の問題じゃないかと僕は覚悟した。

ある日、来客があった。

住み込みのメイドのサラが驚いた声を上げて僕に誰の訪問なのかを伝えてきた。

そこには、あの日、僕の話を信じることが出来ずに去っていった親友のジョージだった。

僕を見つめるジョージの顔は驚きに満ちていた。

「エドワード…、なのか?本当に?」

約十三年振りだろうか。

ジョージは、その分しっかり年齢を重ねていた。

僕は、僕の外見は、ほとんどあの頃のままだった。

サラが運んできた紅茶を一口飲むと、ジョージは話し始めた。

「…実は、気になっていたんだ。あの話を聞いてしばらくは混乱したけど…でも、白い森の吸血鬼の話は昔々から伝わっていたのだから。ずっと気になっていた。だから…今更だけど勇気を出して来たんだ」

ジョージは溢れる涙を掌で拭った。

「今なら、解る。信じられるよ…あの話。白い森の吸血鬼の伝説…僕は知っていたけど…お伽噺だと思って信じられなかった。悪かったよ、エドワードすまない」

僕は静かに首を振った。

「来てくれて嬉しいよ。ジョージ今どうしてるの?」

「行き場を失った子供達の保護だよ。虐待とかでね。それと外国でホテルとレストランの経営を手探りで始めたんだ」

僕は長い年月を経て再び親友を得た。

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