第3話
そしてその日はあっという間にやってきてしまった。重い気持ちで仕事をしていると、事務室に慌てた様子で人が飛び込んで来た。
「緊急事態で人が足りないんだ!手伝ってくれ!」
なんでも今日、お城で大きなパーティがあると言うのに、メイドや使用人の大半が食中りで倒れてしまったらしい。
「ここで働いている人達なら、身元も確かで信用できる」
そう言われて少し首を傾げた。私は素性も知れない孤児院出身なのだ。
だけど、そこでハッと気づいた。きっと私の身元の保証はナイジェルがしてくれているのだ。
私達は城に連れて行かれ、大急ぎで簡単な給仕の仕方をレクチャーされた。
メイド服に着替えると、私達は城の炊事場から、調理されたものを運ぶように指示された。それは見た事も無い様なご馳走だった。
(ふふ・・・時が戻される前につまみ食いしたいわ)
パーティー会場に入ると、私はその豪華絢爛さに圧倒された。普段の私の居る所とは別世界だ。
「なんでも、今日は王女様の誕生日パーティらしいぞ」
事務室の同僚が私に耳打ちしてくれた。
「まがりなりにも城のパーティに参加できるなんて、食中毒のおかげだな」
そう言って、彼は料理の一つをつまんで口に入れた。
「見つかったら叱られるわよ」
私はくすっと笑って注意する。
「なあに、誰もこっちを見て無いよ。ほら、王女様のお出ましだ」
広間の一段高い所に、奥から王族達が姿を現し始めた。その中心に、煌びやかなドレスを着た美しい少女が立っていた。美しい銀色の髪を長く伸ばした彼女はここに居る誰よりも輝いていた。
「御年18歳になるらしいよ。王族のお子様はあの方だけだから、きっと女王になるんだろうな。もう王配の婚約者も決まっているそうだ」
「そうなの」
私と同じ年だと言うのに、大違いね。だけど羨ましいとは思わなかった。それに私はきっと彼女が女王になった姿を見る事は出来ない。
タイムリミットが迫っていた。
(せめて、このご馳走を少し味わってやろうかしら)
どうせ誰もが王女に注目している。それに見られた所で、時が巻き戻ればすべて消えてしまうのだ。
私がソースのかかったローストビーフを一枚つまみ上げた、その時だった。
「きゃー!」と言う悲鳴と怒号が私の後ろから響き渡った。
振り返ると広間の中心で、王女に襲い掛かる暴漢の姿。彼女の胸には短剣が突き刺さっていた。
「ひっ!」
ローストビーフがペタリと床に落ちる。
「あああ、フォルティーナ!」
女王が自分の娘を呼ぶ叫び声が響く。
王女は立ったまま口から血を流し、何故か私の方に顔を向けた。たった1秒の間、私と彼女の視線が濃密に絡みあう。だけど、王女の青い目がスッと閉じられ床に崩れ落ちた瞬間、私はベッドから飛び起きた。
(あ・・・ああ!)
悪夢を見た時のように息が荒い。私は震える両手で顔を覆った。
助けを求めるように私を見る王女の目が忘れられない。
どうして時が戻されるのか、私は悟ったのだ。
私はまた、16歳の年を生き始めた。だけど、今回は今までとは違う。私には明確な目的があった。
ナイジェルとは、まだ出会い、再び同じ軍の事務所で働き始める。そして5度目の18歳が近づき始めた時だった。
「来月の20日に食事に行かないかい?城で大きなパーティがあって、僕は非番なんだ。・・・その時、君に話したい事があるんだけど」
ナイジェルが私にそう言った。
「ありがとう、ナイジェル。だけど先に貴方に聞いて欲しい事があるの」
私は彼に自分の身に起きた今迄の事を全て話した。彼が信じてくれるかどうかは賭けだった。
「このままでは王女が殺されてしまう。私は彼女を助けたいの。お願いナイジェル、力を貸して」
そう懇願しながら、私は彼の目を見る事が出来なかった。彼の澄んだ瞳に、私に対する懐疑が浮かぶのを見たくなかった。
(こんな荒唐無稽な話、信じる方が難しいわよね・・・)
だけど彼は、
「そうか、分かった。ではパーティでの警備を強化した方が良いな。それに、王女を狙っているものがいないか、こっちでも調べてみるよ」
真剣な声でそう言った。
顔を上げると、彼の目には何の曇りも無かった。
「私を信じてくれるの?こんな馬鹿みたいな話を」
「セレスタは今まで、僕に嘘をついた事が無いだろ?」
そう言って、出会った頃のままの優しい笑顔を私に向けた。
「だけど、どうして王女が殺害される瞬間に、君の時が戻されてしまうのだろう?」
「分からないわ。もしかしたら関係ないかもしれない・・・」
あの日、王女の死で目覚めた瞬間の確信は、2年の年月で少しずつ薄れていた。
「ねぇ、君の言ってたブローチを見せてくれないか?」
私はバックから巾着袋を取り出した。売らなくなってからは、ずっと持ち歩いていたのだ。
「私は覚えて無いけど、2歳の時、母が馬車に惹かれて亡くなったの」
ナイジェルにブローチを渡す。白と青の石がキラリと光った。
「私が孤児院に連れて来られた時、持っていたのはこれだけだったそうよ。名前を書いた紙と一緒に入っていたらしいわ」
紙は孤児院にいる時に無くなってしまったが、このブローチだけは16歳まで大事に持っていた。
ナイジェルはブローチを見ると、
「この模様は、家紋の様に見えるね。二つの石だってちゃんとした宝石だ。もしかしたら、君はどこかの貴族の出だったのかもしれない」
「まさか、母はただの日雇いのメイドだったって聞いたわ」
ナイジェルは少し考え込む様にして、私に言った。
「このブローチ、しばらく預かっても良いかな?」
「ええ、良いけど・・・」
どうせ、2回は売ってしまったものだ。もし、ナイジェルが欲しいのならあげたって良い。
そして運命の日は訪れた。私達、軍の事務員は前回同様、緊急で使用人としてパーティに召集された。ナイジェルは私に、危険だからパーティに行かないように言ったが私はそれを断った。
「君は強情だな」
「自分の運命から逃げたくないだけ」
ナイジェルはため息をつきながら、私に小さな箱を手渡した。
「出来ればこれを受け取って欲しい」
中には可愛らしい指輪が入っていた。私の左手の薬指にぴったりの。
「お誕生日おめでとう。今日は王女の誕生日だけど、君もそうだろう?」
「ナイジェル・・・」
彼は指輪を手に持つと、そっと指にはめてくれた。
「君が好きだよ。だからこれからも、一緒に居て欲しい」
私の目から涙がこぼれた。
私もこの大事な友人を、いつの間にか愛する様になっていたのだ。
だけど、彼とは身分が違う。私はきっとまた、傷つく事になるだろう。だけど、それでも構わないと思った。
城のパーティーで、私は前回と同様、メイドとして料理を運んだ。
「なんでも、今日は王女様の誕生日パーティらしいぞ」
同僚の言葉に、私は上の空で頷く。
「まがりなりにも城のパーティに参加できるなんて、食中毒のおかげだな」
もしかしたらメイドや使用人達の食中毒も、仕込まれたものかもしれない。
(私達のように緊急に集められた者の中に、きっと犯人がいるんだわ)
私はそれらしい者がいないか辺りをキョロキョロ見回した。ナイジェル達がこっそり警備してくれてるのは知ってたが、何かせずにいられなかったのだ。
そして、あるボーイ姿の男を見つけた途端、雷に打たれた気分がした。真っすぐ指を指しながら、私は思わず叫んでいた。
「ナイジェル!あの男よ!」
私がそう言った途端、男は隠し持っていた短剣で王女に襲い掛かった。
「きゃー!」と言う悲鳴と怒号が辺りに響き渡る。
私は恐ろしさのあまり、目を閉じて座り込んでしまった。私はまた、16歳のあの日に戻されてしまうのだろうか?
だけど、ざわざわとした喧騒の中、そっと目を開けると、私がいたのはボロアパートのベッドの上では無かった。城の中の大広間の真ん中で、数人の男達が客に扮した軍人に捕らえられていた。
「他に逃げた奴がいないか探せ!それに王家の方達を警備しろ!」
犯人の男を床に組み伏せたまま、厳しい声で指示するのはナイジェルだった。
私は震える手で自分の体を触わる。18歳のままの自分を。
(終わった・・・終わったんだわ!)
嬉しくてナイジェルに駆け寄ろうとした時、大きな声が聞こえた。
「セレスティーナ!?」
声の主・・・女王は、真っすぐ私を見ていた。
彼女は警備兵を振り切って、私に駆け寄った。
18年前、この国には双子の王女が生まれた。
銀髪で青い目のフォルティーナ。
黒髪で緑の目のセレスティーナ。
2人はとても大事に育てられていた。
だけど1歳にもならない時、セレスティーナは城のメイドと共に行方不明になった。
女の目的は分からない。売り飛ばすつもりだったのか、身代金を要求するつもりだったのか。
だけどセレスティーナが2歳になるまで、女は手元で彼女を育てた。
セレスタの巾着袋には、盗んだと思われるブローチと、名前の書いた紙が入っていた。
『セレスタ・サント』
アメリア・サント、それがメイドの名前だった。
女王は私に駆け寄り、泣きながら両手で私の顔を優しく挟んだ。
「な・・・何を・・・」
何を仰るのですか?私はそう言いたかった。
訳が分からず混乱している私の所へ、ナイジェルが近づいて来た。
そして懐からハンカチに包んだものを女王に渡す。
「彼女が持っていたものです」
「おお・・・」
ハンカチの上で、あのブローチが光る。
「セレスティーナ、これを見て」
いつの間に来ていたのか、フォルティーナ王女が私に、彼女の胸に光るブローチを見せた。
「え?」
それは、私の持っていたブローチと同じ模様で、やはり二つの石が嵌められている。
黒い石と緑の石。
「あなたの髪と瞳の色よ。このブローチの模様はお母様の生家である、隣国の公爵家の家紋なの。本当はこっちが貴女の物なのよ」
王女はそう言って、私をふわりと抱きしめた。
「会いたかったわ、私の半身。とうとう私を助けてくれたのね」
王女は時間の巻き戻りに気付いていなかったらしい。だけど毎回、自分の死の瞬間には思い出してたのだ。
「前回、貴女を見た時、きっと助けてくれると思ったの。ありがとう」
私は頬にかかる王女の銀色の髪の柔らかさを感じながら、涙が止まらなくなった。
10年に及ぶ私の16歳から18歳までの人生は、これでやっと幕を閉じ、新しい人生がスタートしたのだ。
16歳からの10年後は18歳(完結済み短編) 優摘 @yutsumi
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