第2話
「どう言う事よ・・・」
今回はマークに傷つけられる事も無く、ささやかだけど穏やかな人生を送れていた。なのに、どうして時が戻されたのか分からない。
混乱した頭で私はベッドに腰かけた。そして部屋の壁にある巾着袋を見る。中に入っているのは丸いブローチだ。最初の16歳の時はマークに好かれたくて、新しい服を買う為に売ってしまっていた。そしてその次は、計算機を買う為に質に入れた。経理の勉強する為に仕方なかったのだ。
(もしかしたら、あれを売ったのが良くなかったのかしら?)
だとしたら、今回は手放さない。
私は服を着替えて、外に出た。
(急げ!)
まずは縫製の仕事を断りに行く。そして、新しい仕事を探さなくちゃ。
3度目の16歳、私は経理のスキルのおかげで、中堅の貿易商に勤める事ができた。前の商社に比べても、給料は1.5倍。縫製工場にに比べたら3倍だ。
私は住んでいたボロアパートから出て、小さいけれど小奇麗な新しいアパートに引っ越した。そこは小さなキッチンがあり、もちろんちゃんとシャワーもトイレも設置されている。
(最高だわ)
私は友人と再び図書館で出会い、友情を深めた。友人にとっては、私は新しい友達だが、私にとっては5年目の付き合いだ。
ある日、街中を歩いていると、声をかけられた。
「ねぇ君。良かったら僕とお茶でも行かない?」
頬を赤らめてそう言ったのは、なんとマークだった。
「凄く可愛いよね?黒い長い髪も綺麗だし。歩いているだけで目立ってたよ」
何を言ってるのだろう、この男は?
確かに縫製工場で働いていた時より、小奇麗な恰好になったと思う。
(付き合っていた頃、黒髪は好きじゃないって言ってたじゃない。それに短い方が好きって言ったわよね?)
私はマークの事を思いっきり冷たい目で見て、彼を無視して立ち去った。
そして2年の月日が流れ、18歳になった頃、私は友人をアパートに招いた。
「料理の腕が上がったから、ごちそうするわ」
「へぇ、嬉しいなぁ」
友人の為に作った料理は、サーモンのクリームシチュー。この日の為に新しくカトラリーも揃えてみた。
湯気の立つお皿をテーブルに乗せ、夕方に買ったパンを添える。
「自信作よ。召し上がれ」
向かい側に座って、私はシチューをぴかぴかのスプーンですくった。
そして瞬きして目を開けた瞬間、見えたのはボロアパートの蜘蛛の巣の張った天井だったのだ。
(どうして・・・)
3度目の巻き戻り。
孤児院を出た次の日の4度目の16歳。
(何が起きていると言うの?)
もしかしてこれは、永遠に続くループなの?だとしたら、私はずっと16歳と18歳の間の2年を繰り返さなきゃいけないの?
呆然とした気持ちで、その日は何も出来なかった。
だけど次の日の夕方、私は気持ちを振り絞って外に出た。アパートでぼんやりしていても仕方が無い。縫製の仕事を断りに行かなくてはいけないし、生きる為には働かなくちゃ。
だけど今回、私が最初にしたのは、図書館であの友人を探す事だった。
友人は、いつも同じ曜日の閉館前に、同じ場所で本を読んでいるはず。
(居た!)
私は西日のかかる窓際の小さなテーブルに、近寄った。
友人のひじがテーブルにぶつかり、テーブルの上からペンが落ちる。私はそれを拾い上げて彼に渡した。
「落ちましたよ」
彼は私の手からペンを受け取ると、屈託のない無い笑みを浮かべた。
「ありがとう」
これが私と彼の出会い。4度目の同じ出会い。
最初に出会った時、私は彼から読み書きを習った。そのおかげで、今は事務ならどんな仕事だって出来る自信がある。
(それに私には6年間のキャリアがある)
「私はセレスタ。セレスタ・サントよ」
「僕はナイジェル。ナイジェル・レスリーだ。よろしく」
にっこり笑う彼と、握手する。
私は彼に勇気を出して尋ねてみる事にした。
「レスリーさん。あなた、何か事務の仕事ができる所をご存じない?」
「事務?」
「ええ、私、孤児院出身だけど読み書きや計算は出来るの。それに経理の仕事の仕方も知っているわ」
少し声が震えた。
私はナイジェルがこの国の軍で働いている事を知ってた。もし軍部の事務で彼と一緒に働けたら、どんなに楽しいかと思ったのだ。そう思えばこの無限のループにも耐えられるかもしれない。
(ナイジェルは初めて会った、みすぼらしい恰好をした私の言う事なんて、信じてくれるかしら?)
出会ったばかりで、さすがに不躾だったかもしれない。
だけど彼は疑いのかけらもない澄んだ目で、こう言った。
「だったら、僕の働いている所に一度来てみないかい?確か事務員を募集していたと思うんだ」
そう言った後、急に慌てた様に、
「あ!素性も分からない初めて会った人に、こんな風に誘われたら怖いよね?僕は一応、この国の軍で働いていて・・・それで・・・」
しどろもどろに説明するナイジェルに、私はぷっと吹き出した。笑いながら、嬉しくて、何だか泣きたくなった。
何度、初めて会っても変わらないこの友人だけが、私の心の灯だった。
ナイジェルの紹介で私は軍の事務室を尋ねた。孤児院で貰った古着を着て、化粧っけの無い私を見て、最初、職場の人達視線には戸惑いしか無かった。だけど、見習いで働き始めて1週間も経つと、彼らの視線は違うものに変わっていた。
「セレスタは若いのに、随分仕事慣れしているのね」
「計算機の扱いも手馴れているし、市場や外国の事にも詳しいなんて、いったいどこで習ったんだい?」
「おまけに、他国の言語にも精通してとは、恐れ入ったよ」
「しかも、針仕事まで上手なんだね。破れた所を繕ってくれてありがとう」
今まで、縫製工場、商社、貿易商と働いて来たことが、役に立った。
私の生活は、今まで一番充実していた。
同僚や軍の男性から食事に誘われる事も多かったが、私はやんわりと断っていた。
やはりカス男のマークのせいで、恋愛をする気には慣れなかったのだ。
そしてなぜかたまに、軍の騎士からこう言われた。
「セレスタは誰かに似てる気がするんだよなぁ」
私の様な凡庸な人間は、そこらへんに沢山いるのだろう。
一つだけ誤算だったのは、ナイジェルと一緒に働けなかった事だ。
同じ職場である事は間違いなかった。だけど彼は事務員では無かったのだ。
(まさか軍人だとは思わなかったわ)
なんと彼はこの国の軍の少将だったのだ。優しい笑顔や穏やかな物腰に似合わず、噂ではかなり有能な騎士だとか。
しかも、伯爵家の次男。
(知らなかった。彼は雲の上の人だったのね)
私はそっとため息をついた。普通なら関わる事も許されないような人だったのだ。だけど、
ナイジェルは週に一度は私のいる事務所を訪ねてくれる。お茶に言ったり、食事にいったり、これまでの繰り返し中でも、一番親しく成れた。
(こんな素晴らしい人と友人でいられるなんって)
私は幸せだった。
だけど、18歳の年が近づくにつれて、私は段々と怖くなった。私はまた、あの2年前のボロアパートに戻されてしまうのだろうか。
不安を抱えていたある日、ナイジェルが私に言った。
「来月の20日に食事に行かないかい?城で大きなパーティがあって、僕は非番なんだ。・・・その時、君に話したい事があるんだけど」
少し照れくさそうに、もじもじしている。
10月20日
それは私の運命の日だった。あれが起きるのは、いつも同じこの日だったのだ。
「・・・ごめんなさい。その日はちょっと・・・」
私は彼の誘いを断った。
「そ、そっか。でも、また食事に行こうよ」
「ええ、ありがとう」
ナイジェルは残念そうな素振りも見せず、そう言ってくれた。
思い返せば、時が巻き戻るのは、いつも彼といる瞬間だった。私はその楽しい時間の中で、幸せを奪われる様に戻されてしまうのを恐れたのだ。
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