16歳からの10年後は18歳(完結済み短編)

優摘

第1話

何の予兆も無く、私は突然ベッドの上で目覚めた。

(は?)

意味が分からなかった。だって私は、ほんの一瞬前まで、友人と飲んでいたのだから。

(何?何なの?夢!?)


頬をつねってみる。痛い・・・現実だ。

混乱した頭に手をやって、軽く振った。

もしかしたら、友人と会ってた事が夢だったの?あんなにリアルだったのに?

記憶だって鮮明だ。昨日仕事が終わってから、とても嫌な事があった。だから友人を誘って憂さ晴らしに行ったのだ。


(もしかして、飲み過ぎて記憶が飛んだのかしら?)


友人には申し訳無い事をしたかも。酷い醜態をさらしたのかもしれない。

無事に家に帰りついてちゃんとベッドで寝ているのが不思議だ。

私は違和感を感じながらベッドから起き上がった。


(なんだろう?何かが変)


そして鏡に顔を映した瞬間、ゾクッとした。何故なら私の髪が伸びていたからだ。


「どう言う事!?」


私の髪は肩で切りそろえてあったはず。去年、恋人の好みに合わせて髪型を変えたのだ。なのに今は腰まで伸びている。


「あら?」


怪訝に思い私は鏡を覗きこんだ。何だか自分の顔が少し幼く見える。2年位前は、こんな髪型だったから、そのせい?


「あっ!?」


そして、他にも変わっている事に気が付いた。


(このベッドカバーは、捨てたはず)


ぼろぼろに擦り切れていたから、去年貯めたお金で新しいものをかったのに。

私は部屋の中を見回した。よく考えてみれば、さっき顔を映したか鏡だって、つい最近新しいものに買い変えたはずだった。


もしかして、頭がおかしくなってしまったのだろうか?

体の力が抜けてしまい、へなへなと床に座り込んでしまった。


(お、落ち着かないと)


自分の事を確認してみる。


(わ、私の名前はセレスタ・サント。18歳。仕事は縫製会社のお針子)


16歳の時に孤児院を出てこのボロアパートで独り暮らしをしている。

あれから二年経ったはずなのに、自分の姿もこの部屋も、まるで一人暮らしをスタートしたあの日のようだ。着ている古いパジャマも、孤児院から持ってきたものじゃないか。


床を這う様にして、部屋の壁にかけてあった小さな巾着袋を開いた。中を見ると、そこには白と青の宝石が付いたブローチがころんと一つ入っていた。

それを見て私は確信した。


「嘘!昔に戻ってる!?」


16歳だった2年前の日に、時が巻き戻ってしまっていた。



街に出て、カレンダーを確かめてやっと、今日が孤児院を出た次の日であることが分かった。


(いったい、どう言う事なの?)


なぜ2年前に戻ってしまったんだろう?それとも、あの2年間の方が夢だったとでも言うのだろうか。


「いいえ、そんなはず無いわ」


私は孤児院を出てから1週間後に、街の小さな縫製会社で働き始めた。孤児院の院長が見つけてくれた仕事だ。針を使うぐらいしか、私には能力が無かったから。


風呂も無く、トイレ共同のボロアパートに住んで、この2年間頑張ってきた。その間に文字を覚えて、補佐だけど事務の仕事だって、少しずつ任される様になってきたのだ。

「折角、お給料も上がったのに、また一からなの?」


だけど、よく考えれば、私はもう読み書きが出来るのだ。だったら、もっとお給料の良い職場で働く事が出来るんじゃない?

それに、そうすればマークと出会わなくても済む。


「マーク・・・あのロクでなし!」


マークは縫製工場で出会った、社長の息子だった。働いて直ぐ食事に誘われて、告白されて、それからずっと恋人だった。ううん、恋人だと思ってた。


昨日、仕事が思ったよりも早く終わり、マークのアパートを訪ねた。そこで私が見たのは寝室にいるマークと同僚のアンジェラ。二人の只ならぬ様子に、正直100年、いいえ、1000年の恋も冷めた。

私は二股をかけられていたのだ。


「孤児院出の世間知らずな娘をたぶらかすなんて、あいつにとっちゃ簡単だったのでしょうね」


私はイライラしながら爪を噛んだ。

二十歳になったら結婚しようと言われて、のぼせ上がっていた自分にも腹が立つ。

私はマークとアンジェラの二人に往復びんたをかまして、彼のアパートを飛び出した。そして街中を彷徨っているいる時、たまたま友人に出会い、その話をぶちまけながら、やけ酒を飲んだのだ。


「だけど、どうして時間が戻ってしまったのかしら?」


もしかして、あんなクズ男に引っかかった自分を哀れに思った神様が、やり直させてくれたのかしら。騙された自分だって馬鹿だったのに、随分と優しい神様もいたものね。


「よし、こうなったら」


これは新しい人生を生きるチャンスだと思おう!

私はその足でマークのいる縫製工場に向かい、就職を断った。お膳立てしてくれた院長には申し訳無いが、もうここで働くつもりは無かった。


会社の廊下でマークとすれ違ったが、私を見ても、彼は何の感情も見せなかった。そりゃそうだろう、彼にとって私は今初めて見た人なのだ。

私はマークをぎろっと睨みつけて、会社を後にした。なんだか、すっきりした気分。


「さて、新しい職場を探さなくちゃ!」


今日からが私の人生の再スタートだ。



2度目の16歳。私が見つけた新しい職場は小さな商社の事務員だった。前回、読み書きを覚え、事務の補佐をしていた事が役に立った。忙しい職場だったけど、私はその職場で経理の仕事を覚えた。


やり直した人生で唯一残念だったのは、前回の友人ともう一度、最初からやり直さなくてはいけない事だった。

友人・・・やけ酒に付き合ってくれた人とは、図書館で出会った。もう一度、会えるかどうか心配だったが、幸運な事に再び友情を結ぶことが出来た。


「良かった・・・今度はもっとマシな人生を目指そう」


恋人は作る気になれなかった。マークの事が尾を引いていたのだ。ほとんどトラウマだと言っても良い。

そうして2年の間、経理として働き、しっかり仕事がこなせるようになった頃、私は友人と夕食に出かけた。


「うっわ、美味しそう!」


湯気の上がったパスタにトマトベースの魚介のソースがかかっている。

庶民的だが人気の食堂で、前回は来た事が無い。というか来れなかった店。


(こんなお料理が食べられるのも、前よりお給料が上がったからね)


「いっただきます!」


フォークですくって口に入れかけた時だった。私は擦り切れたカバーのかかったベッドで、目覚めた。


「え?食堂は?え?パスタは?」


確かに口の中に入れたはずなのに、トマトソースの味はまったくしなかった。

飛び起きて鏡を見て、私は愕然とした。

私はまた、16歳のあの日に戻ってしまっていたのだ。

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