IV

 タンドーリのやつらは、まずおれのサングラスと苦虫を噛みつぶしたような顔を見た。それから、ミキタンとユカタンのビキニのパーカーに視線を移し、そして顔とパーカーの間を二三度行ったり来たりして見比べると、すっかり黙りこんでしまった。やつらがその足りない脳みそをいそがしく働かせているせわしない音がこちらまで聞こえてくるようだった。

「クスリヤのオッサンに何をした?」とヤス。

「クスリヤ? ケッ。オマエラのシッタコとかよ」

「オマエラこそケンカウってんのか。ちょっとシンミにしてやりゃ漬けあがりやがって」

 なんだか意味がよくとれなかったが、おれはまるで急に透明人間になったかのように仲間はずれにされてその場に突っ立ったまま、ユカタンとミキタン、じゃなくてヤスと若頭のテンポのよい会話にうっとりと聞き惚れていた……ああ、いい! 意味なんてものは、たんに示し合わせにすぎないんだ……意味からいったん自由の身になれば、そこには生身の肉と骨とがじかにふれあい、心に響く音を立てる、魅惑の世界が広がっている……タンジール! ヤスと向こうの若頭との間ににらみ合いの火花が散った! それを見たとき、おれはやっと気がついた! おれはシラタンなんだ! おれはそう断じる! ユカタン・ミキタンの二人の友情に秘めた憧れを抱く、冴えないメガネのキャラクター……おれがサングラスなんてかけてきたのも、そのせいなんだ……

 新たな自我の発見におれがしみじみ感動していると、ヤスと若頭の体はいつの間にかもつれあい、若頭の頭突きと膝蹴りがキマって、ヤスがゲロを吐きながらカナブンの幼虫のごとく体を丸めて地面にうずくまった。ヤスにまけずおとらず神々しいオーラを放つ若頭のごつい体がおれの面前にそびえ立ち、おれはこの意味も掟もない人生においてはほんのささいなきっかけで、たとえシラタンと言えども、途端に死に直面することもあるのだということを悟った……

 タンジール……だれもがみな行きたがる、はるかな世界。どうすれば行けるのだろう、タンジール……

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タンジール 荒川 長石 @tmv

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