III
その日。おれはあまたの星がきらめく宇宙にビキニ姿のミキタンとユカタンが示現する黒地のパーカーを着て、塗装屋からひきとったばかりの痛単に乗って朝遅くに事務所に現れた。
ヤスはおれの姿を見てぎょっとした様子だった。
「どうしたんすか、そんな格好して」
「気に入らねえのか?」
「なんか、オタクのグループに潜入しにいくみたいっすね」
おれは心の中で泣いたが、すぐに心の仮足を伸ばして涙をぬぐった。ヤスは、まだおれの壮大な計画を知らないのだ。いまからその反応に一喜一憂してもしかたがない……
「おれたち、組に名前がないよな」
「なんか考えたんすか」
「おお。タンジール、ってどう?」
「タンジール……いいっすね。でもタンジールって何なんすか?」
「別に意味はねえよ」
そのとき事務所の電話が鳴って、ナンタン通りのやつらがウチの縄張りで騒いでいるという報告が入った。いつもあそこのインド料理屋にたむろってはタンドーリばかり食っているやつらだ。やつらはここんところ勢力を伸ばしてきていて、初めはおれたちにへいこらしていたくせに、いまではすっかりつけあがっていた。
「まさか、その服で行くんすか?」とヤスが言う。
「ダメか?」おれは言い訳のように普段はしないサングラス(ダグラス・マッカーサーがかけていたようなトンボのやつ)をかけると、そのまま事務所を出た。
「乗れ」
そう命令すると、ヤスはおれの痛単を見て一瞬ためらったが、何も言わずにおれのうしろにまたがった。おれはヤスの筋肉だらけの力強い腕が腹に回されるのを感じた。タンジール! 頼むからあまり腹を押さないでくれ! おれは心のなかでそうヤスに呼びかけながら、眉間にしわを寄せて歯を食いしばり、なんとか自分を抑えるのに精一杯だった! だが同時に、胸元のミキタン・ユカタンが風でバタバタと震えるのを感じながら、おれは不吉な予感に苛まれてもいた! 脳の中に誰かが呼びかける声が響いた。引き返せ! 今ならまだ間に合う、Uターンしろ! タンジール! おれは心と体を千々に乱れる思いに引き裂かれながら、それでも現場へと向かった。
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