第16話
ずぶぬれで我が家に着いて、りんちゃんに服を貸して、予定通り、カレーを作って。
私はまるで、りんちゃんに対して、長年の友人のような雰囲気を感じていた。
当たり前にそこにいるかんじ。
「あ~、やっぱ恵麻のカレー、思った通り美味しかったな、ねえ朝もたべていいよね?!」
「朝のカレーっておいしいよね」
「ね~」
コンコン。
ドアの向こうから、妹の海須々が声をかけてきたから、返事をする。
「おねえ、なんかさっきからうるさいんだけど、もうねてくんない?」
「あ、ごめん」
まったくも~、と言いながら、廊下を歩いて隣の部屋に入っていく音。私は、りんちゃんを見た。パーティとは言ったものの、なにも思いつかなかったため、ただの食事会になった。そして居間から部屋へ移動して、たわいもない話をたくさんしている途中だったけど確かに遅い時間で、私は明日のことを案じた。
「今日はもう寝ようか」
「ん」
「……」
お布団に入って、常夜灯の中の沈黙。それも、少しだけ心地よい沈黙。
「恵麻、ありがとう」
「え?」
「恵麻が待ってくれる感じ、すごいって思う……その心遣いも、すごく嬉しかったって、伝えておくね」
ごそ、っと衣擦れの音のほうが大きいくらい小さな声。
「私は……私は、その、根掘り葉掘り聞くのが苦手なだけだよ」
「そういうとこ、ほんと」
「……!」
コソコソと話す声が、くすぐったい。
「恵麻。私、……これだけは、つたえておくね」
「……?」
お客様布団から身を乗り出して、りんちゃんが私のベッドに入ってきた。思わず身を縮めた。キス、されるのかと思って、身構える。ただ、そばにきただけだったりんちゃんは、私の隣でくすぐられた時のように笑う。
「なあに?」
「ん、あのね」
「どうしたの」
いい掛けては、やめるりんちゃんに、私が問いかける。あ、と言いかけては、また言葉を探しているみたいに、くちびるに手を持ってくる。
さっき、待っててくれるのが嬉しいって聞いたばかりだから、私も大人しく待っているけど、妙に時間が過ぎるのが遅い気がして、パクパクと言いかけるりんちゃんの唇を眺めていた。
何度も、キスをしていることに気付いて、ドキッとする。
「す……」
「……?」
「なんでも、ない」
「え!?なに、なに」
「やっぱなんでもない!!恵麻の体、冷たくて気持ちいい!!」
「えー?」
おやすみ~!と、りんちゃんは私に抱き着くと、そのまま、私のお布団の中に潜り込んだ。
りんちゃんの体温が心地よい。
りんちゃんもそう思ってくれてたら、いいな。
「え、でも、ま、待ってここで寝るの!?」
「あったかいでしょ?」
「えええ」
「みたんぽだとおもって」
くすくす笑いながら、私の冷たい足に、足を絡めてくるりんちゃんは、確かにあたたかい。美鈴の美の字をとって、みたんぽ=ゆたんぽとかけているのも、カワイイ。でも、でも!!この密着は、ちょっと心臓に悪くない!?言いかけてやめた言葉も気になるし。
「りんちゃん」
「りんたんぽは語呂が悪いから、りんかいろ、ならいいかな?」
突然の展開が多すぎて、どれを問いかけたらいいか戸惑っているうちにりんちゃんは、もうねむっているようで声をかけられなかった。私の体で睡眠不足だったのかも。
冷たい体が、りんちゃんの体温でじんわりと暖まる。
つらい過去を話してくれて、こうして仲良くしてくれて。
私にこんなに心を許してくれるのは、なぜなんだろう?
湯たんぽの上に両足を乗せた時は、全然暖まらないのに、りんちゃんの人肌が心地よくて、眠くなる。でも、頬だけは妙に熱くて、夜はあっという間に更けていった。
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朝。
ぱちりと、いつもよりも良い目覚め。
やはり、湯たんぽ、ならぬ、みたんぽが良かったからだろうか。
なんて思いながら少し照れる。
起き上がると、自分にはないものの光景に、うっとなった。谷間だ。
「どどどどうして!?」
その声に、一緒に眠っていた相手が、飛び起きた。けれど、またふらっと倒れた。その体、低血圧なの。ごめんね!?
「りんちゃん!」
抱きかかえると、りんちゃんの入った私の体が、ぼんやり目を開けた。
「寝てる間に、ちゅーした?えっち、恵麻」
「そんなわけないじゃない」
「えーじゃあ、当たっちゃったのかな?判定が甘いね。はい、ちゅー」
唇を突き出してくるので、仕方なく、──ちょっと、お姫様へのキスみたい。口づけで呪いが解ける……?ドキドキしながら、唇を押しあてた。
「ん」
「……あれ」
「あれ?」
お互いに、目を丸める。恵麻の中のりんちゃんは、ようやく目が覚めて来たみたい。
「なんでわたしが?鏡……」
それから、ハッとして、ぱぱっと起き上がると頬をおさえた。
「んむ」
チュ!っと音がする口づけをした。
けれど、目の前は、自分の顔。
「戻れない」
「もどらない、よね?」
りんちゃんが真剣な顔でじっと私を見た。
ドキドキドキと心臓が不穏な音を立てた。
戻れない。
「どうしよう!」
りんちゃんが叫んで、私は頭の中が真っ白になった。
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