第15話
公園のベンチに腰を掛けて、椿美鈴さんは準備運動のように大きく伸びをした。空は暗く、曇っている。とても寒い。
「いざ聞いてもらうってなると緊張するな。まじで全然、大したことないんだよ」
「本当にいいの?」
「このまま解散しても、家に帰って、ちょい凹むし。聞いてよ恵麻」
真剣な顔でそういうりんちゃんに、私もコクンと頷いた。
(聞くにはそういう気持ちをしないとね)グッと握りこぶしを作って、膝の上に置いた。なにそれという顔で、呆れるりんちゃんは、肩の力が抜けたような顔になった。
私のアホさが役にたった?はずかしい。こういう仕草はしないものなのか。
「ねえ、入れ替わらない?」
「え」
「恵麻の体なら、素直に言える気がする」
たしかに。
「……私の知らない表情筋を、動かすもんね」
恵麻ロボを本人より上手に動かすりんちゃんだ。
「いいの?」
恥ずかしそうにりんちゃんは頬をおさえた。
「でも、りんちゃんから、聞きたい」
私がお願いすると、りんちゃんは小さく、それもそうだよね、と呟いた。
「簡単に言うとね、中学で、私には、好きな人がいたの」
……ドキンと胸が鳴った。
「さっき、ちょっと言ったけど、司令塔の人で、一年先輩。背が高くてバスケがうまくて、性格が良くて。憧れすぎて、同じアクセを買ったりね」
おでこの位置に、なにかを触るような仕草。髪を止めとくモノなのかも。
「中学は全員の仲が良くて、試合の時はみんなでそれを付けよう~ってなるぐらいで、特定の子がつけてるとかはなかったんだよ、本当にね、皆なかよしだった」
「うん」
「で、高校。皆で先輩を追いかけて同じトコに入ったの、私はすぐにレギュラーに入らせてもらえたんだけど」
全国大会で優勝したとこだ……。
「そのすぐ後、先輩が、膝を痛めて、引退することになったの」
「うん」
「でね、私にはバスケを続けてほしいって、マネージャーとして残ってくれた先輩のアドバイスも、全部うけたのに、秋からその後の試合でぼろ負け、練習試合もだめ、一回戦敗退の常連になって、スタメンを外されちゃった」
「……」
「ああ、そんな顔しないで、私のバスケがヘタだって話」
自分がどんな顔してるかわからないけど、とにかく胸がぎゅうと締め付けられる気持ちになった。
「先輩は、「まだ一年だし、馴染んでないだけだ」って言ってくれたんだけど、先輩の後を継いだ人も、自分のせいだって落ち込んじゃうし、全然動けなくなった私がいるだけで、チームがお葬式みたいになっちゃって、勝つものも勝てないんじゃないかって、ずっと不安で」
「うん」
「で、両親が引っ越しするって言うから、寮をやめて、ついてきちゃった」
言葉に詰まっていると、りんちゃんがニコッと笑う。
「逃げたの、ね、全然たいした話じゃないでしょ、よくあるコト」
「……あ」
そうなのかな。
私が戸惑っていると、りんちゃんが空を見上げた。
「恵麻にあげたカイロね、先輩が、「寒いとこだって聞いたから」って餞別にくれたモノなの。私には、熱すぎ。先輩が大好きで、尽くしてたのに、私があつがりだってことなんて全然知らなかったって、気付いちゃった」
自嘲気味に笑うりんちゃんに、私は黙り込む。あつがりのりんちゃんが、懐炉を持っている不思議に今、気付いた。いつもあたためて、持ち歩いてたのは、先輩からの、贈り物だから。
「りんちゃん」
「んなに、恵麻」
「今日も、うちに泊まらない?」
「え!?」
「あの、そうだ、しよう!歓迎パーティ!」
「ええ、恵麻?ちょっとまって」
「あ、ごめん、片付けがあるよね」
「そんなの、だいたい終わらせてくれたじゃん、恵麻が」
「転校してきた理由が、りんちゃんにとって悲しい理由でも、わたしにとっては」
しどろもどろになってしまう。だって、すごく悲しい空気で、少しでも、暖かいものにしたくて。りんちゃんに、こっちに来てよかったって、思ってほしいって思ってしまった。
「りんちゃんがいると、とってもあたたかい」
「恵麻」
「私にとっては、であえたことが、嬉しいから!」
「……!」
りんちゃんは、困ったようにこちらを見ている。しまった。そうだ、バスケが出来なくなって嬉しいってとられちゃったかな?!ち、ちがうんだけど。
「それに、大好きなものをいっぱい一度に失って、大したことないなんていうのは悪だよ。誰かに言われたの?りんちゃんは、悲しんで当然だよ」
「……」
理由を探して、手をうにょうにょと窓ふきみたいに動かしてしまう。
「……さっき、どうして、話をするの止めてくれたの」
「りんちゃんが、つらそうだったから……?」
「普通、友達になるってなら、全部言うのが友達だとか、思わない?」
「思わないよ、気持ちを全部いわなくても、友人は、友人でしょ」
私は友人が少ないから、ちょっとでもお話したら友人だと思ってしまうとこもあって、でもそれって重いのかな、そういうとこが、慣れてないんだろうなと思ったけど、りんちゃんは、面白いものでも見つけた時のように、笑顔になっていた。
「あはは!恵麻!ありがと!」
面白いものって、私かもしれない。珍獣さむがり……!
ベンチから颯爽と立ち上がるりんちゃんに見惚れた。
ピョンと跳ねるりんちゃんは、まるで重力を感じない。曇り空なのに、晴れ間が見えたような気がした。
「パーティ、しよう!そうだ、カレー食べたい!」
「このまえも食べてなかった?」
「恵麻のカレー、食べてみたい。美味しい感じする」
「え~~」
「決まり決まり、元気出したいときは、カレーなの!!」
「そ、それ以上元気になったら、飛んで、空までいってしまいそう」
「飛んでみたい!」
カレーの材料を買って、私の家へ行く途中で冷たい雨に降られたのだけど、りんちゃんに触れる端から、雨が蒸発していくみたいに湯気が立った。
「ち、ちがう、ちがうって!これは、まわりが寒すぎるからっ」
恥ずかしそうにしながら、つまりは、お風呂の湯気みたいな現象が起きていることを説明しているりんちゃんは、とても可愛かったけど。
りんちゃんに出会ってから、化学では証明できないような不思議なことだらけだったのに、急に論理的に解説されて、思わず噴き出した。
「恵麻には、かっこ悪いとこばっかみられてる気がする」
「ごめん、でも面白くて」
「ううん、それがどうしてか、見られても、全然平気。むしろ、どんな私も知ってほしいって、思うかも」
「……」
ドキンとした。
笑顔が素敵で、胸が苦しい。しばらく見つめ合って、私がくしゃみをしてしまう。
「風邪ひくね、早く帰ろ」
りんちゃんが、私の冷たい手を握る。暖かくて、湯気がたってて、とても寒いのに心だけはやっぱり、ポカポカした。
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