第13話

 うちの高校のバスケ部は、全国大会で一回戦負けしたらしい。

 地区大会では優勝常連だけど、それ以上にはなかなか入れない。全国優勝をするような学校は、強豪になる理由がある、と素人ながら思う。きっと仕組みが違う。


 増田さんが名前を知ってたってことは、りんちゃんが転校してくる前は、バスケの強豪高校にいて、で、一年の頃からスタメンだったのに、その地位を捨てて、転校してきたってこと?


 壁にある暖房が、コオっと音を立てて暖かい風を送ってきた。

 りんちゃんの体は、暖かさを体の中に貯めておけるようだ。足先までじんわり暖かい。


「健全な肉体には健全な肉体が宿っていればいいのにな」~って言ったのは、ユウェナリスだっけ。健全な精神を手放したのに、私を暖めてくれてる。


 思わず、またトリセツを見た。

 ピンクの付箋。


「超なかよしなかわいい父と母がいます!らぶらぶ!!」

「今度は一軒家だから、犬が飼いたい」

「タオル生地が好き!触ってから買いたい派」


 パラパラとめくったけど、転校してきた理由は書いてなかった。好きな色は、黄色と書いてあって、明るい彼女、そのままだなとクスリと笑う。


(本人が言うまで、待とう)

 りんちゃんの体は小さくて、自分を抱きしめるとコンパクトにまとまってしまう。彼女の心にたとえば傷があるとしたら、私がその傷を癒せるとは断言できないけど……傷口の熱を冷やすくらいは、出来るかもしれないから。


 ::::::::::::::


 うっかり入れ替わったまま放課後になってしまった。教科書がそろってないので増田さんに見せてもらったりした。増田さんは、りんちゃんと友人になったら、私のことなんて見向きもしなくなるんだろうなってくらい華やか。

 まだ起きてないことで、おちこんでもしかたない。

 そこまで考えて、いつもの私なら安全策で色々落ち込んでおくのに、少し前向きになってることに気付いた。精神が肉体にひっぱられてる?この暖かい体だからなのかな。


 りんちゃんは、冷たい体で、落ち込んでなければいいけど……。

 早く、元に戻らなくちゃ!!


 りんちゃんが迎えに来て、一緒に帰ることにする。

「ねえ、部活見学してかない?」

 増田さんが、りんちゃんの体の私に、話しかけた。

「ごめん増田さん、今日は一緒に、ショッピングモールに行く約束してるんだ!いろいろ買いそろえたいんだって」

 恵麻の体のりんちゃんが、あっさりと言った。

「それなら今度で!」

 ニコッと笑顔で、手のひらをパタパタとした。手のひらに小さなほくろがある、笑顔が素敵な増田さんを見送る。


「じゃ、いこっか、モール」

「え?!ごまかすための、うそじゃなかったの?」

 もう増田さんはいないのに、コソコソ言ってしまう。

「私、あのね」

 言いよどんだりんちゃんは、私の大きな体でくねくねするので、それは良くないと思った。

「試着をしてみたい!!いつも、汗だくでなかなかできなかったんだよね」

「でもその体、私のだけど!サイズがなくない?!」

「あ!!」

 ハッとしたようなりんちゃん。

「でも、雰囲気だけでも!」

 パンっと柏手を打つ。神さまにお願いするポーズまでされたら、断れない。

「楽しめるか、わからないですが~」

「楽しいよ!ぜったい」


 りんちゃんが私の顔で、ニコッと微笑む。それはもう、私にはできない表情だから、もう、りんちゃんにしか見えない。

 そういえば私も新刊が欲しかったので、本屋によりたい。転校してきた理由を、聞きたかったけど……普通に「親の都合」って言われる気もした。


「なによむの?」

「シリーズは追ってなくて一冊読み切りのミステリが好きだよ」

「へ~!スポーツ漫画しかよんだことないや!」


 ふたりで、バスに乗ってショッピングモールへ行く。田舎で恥ずかしいような気がしたけど、大型店舗に素直に楽しむりんちゃんに、こっちも楽しくなってきた。

 自分が着ないような服をいっぱい着て、浮かれた私も、思わずりんちゃんがべた褒めしてくれた服を一着購入した。

「恵麻、全然汗かいてないから、恵麻が入ってる今なら、試着できんじゃない?」

 そんな提案で、私も服を着る。りんちゃんの体は、なんでも似合って、女の子って感じがした。りんちゃんも、こんなの着てみたかったんだ!と言って白いワンピースを買った。お互いに、知らない服を買って、少し恥ずかしかった。


「アイス食べたい!」

 りんちゃんが言う。喉も乾いたことだし、休憩がてら31へ行って、のんびりぼんやりした。

 はあ、ちょっとはしゃぎすぎて、変な感じ。熱のこもった体にアイスが沁み込む。私の体、冬にアイスなんて、あとでおなかを壊さないかな?と思ったけど、りんちゃんは嬉しそうにマスクメロンのアイスをゆっくり食べてる。

「あ!アイスクリーム頭痛!たのしい!こんなふうになるの!?」

 なんて言ってて、苦痛を楽しむなんて、ほんとへんな人だ。笑ってしまう。


「私の体で、りんちゃんが喜んでくれてよかった」

「んぐ!!」

 恵麻の体のりんちゃんが、飲み込むのに失敗してむせた。

「な!なんてこというの!」

「え!!」

 あ!言ってから、言葉が、すごい事に気付いた。

「ちが!ちがうの、あのね」

 精神が肉体に引っ張られるんじゃないかって話を、一生懸命話した。

「私は、温かいから前向きになれるけど、寒い体だから、りんちゃんが凹んでないといいなと思ったの!」

「あー……」

 ぺろりとアイスを食べてから、りんちゃんは「元に戻れるっていう安心もあるからかな?」といった。

「そだね」

「もちろん、相手が恵麻だからだよ」

 にこりとりんちゃんがわらう。そんなふうに口角を上げられるんだと、やっぱりびっくりしちゃう。


「このあと、どこでキスする?」

「んぐ!」

 ラブポーション31のラズベリー部分が、今度は私ののどに詰まった。

「大きな声で、言わないで」

「どっかで戻らないと、またお互いの家にお泊りでもいいけど」

「トイレの個室とか……?」

「探しながら歩いてたんだけど、そこ以外、なかなか、ふたりっきりになれるとこってないね」

「んん」

「トイレってなんか情緒ないっていうか~」

「情緒」


 大事でしょ!!というりんちゃんに、確かにそうなのだけど、戻るためなのに、情緒を感じてしまうと、その……変な感じになりそうで、少し頬が熱くなる。

「あーん」

「え」

「そっちも一口欲しい」

 アイスを指さすりんちゃんに、私は自分で、と差し出したけど、どうしても「あーん」を要求する。

「もしかしたら、これでもどるかもじゃん??」

「これ」

「間接キス」

「!」

 ニコっと笑うりんちゃんに、私だけが動揺しているみたいで、恥ずかしい。

 そろそろと、自分のスプーンを、恵麻の体の口に入れる。

「……」

「……」

「残念、やっぱこれじゃ無理みたい」

 頬杖をついて笑う。

 ドキッとしてしまうのは、仕草とか、言葉なのかな。自分なのに、変なの。


「んじゃあ、いこっか、トイレ」

「うん、仕方ないよね」

「んん、やっぱ情緒がなぁ」

 最後まで嫌がるりんちゃんにつられて、席から立ちあがる。すると、隣にりんちゃんが立つ。恵麻の体はひょろひょろと大きいので、りんちゃんの体は、すっぽりと影になる。カバンをサっと顔につけられた。見上げると、いたずらな目がこちらを見ていた。ひょいと体を折り曲げて、顔が近づいた。


「んっ」

 ビックリして目を丸める。くちびるに、冷たくて柔らかな感覚。メロンとミルクの味。

 目の前に、恵麻ではない、りんちゃんの姿。

「えへ」

「!!!」

 冷たいからだに戻ってきた。のに、頬が、尋常じゃないほど熱くなっていくのが分かった。あわあわと唇が震える。思わず叫ぶけど、大声を出す特訓が出来てないせいで、むむううという声になってしまう。

「大丈夫、こっちは壁だし、カバンで隠したし!」

「だいじょうぶ。じゃなーい!!」

 絶対誰かにバレてる!きょろきょろ辺りを見回す。田舎のフードコートで、あまり人がいない。向かいの薬局のレジに店員が一人いるだけっぽくてたしかにだれにもみられてないかもだけど、でも。


「戻れたね」

「うううう」

 (粘膜接触なのかな~)なんていうりんちゃんを見おろして、私はなにも言えなくなってしまう。

 常識の範囲外にいつでもいるみたいなりんちゃんのことを、信じられない!と思うのに、どんどん不可思議な感情が沸き上がってきて、これって、なんなんだろう?!

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