第12話

 朝の陽ざしが差し込む教室、暖房の風を浴びながら、取扱説明書とだけ書かれたノートを机に置いた。これは、椿美鈴の取り扱い説明書だけど、名前を書かない配慮は、性格が垣間見えた。

 三崎恵麻の心のまま、椿美鈴として、そのノートを開く。


「友達いっぱいほしい!」


 綺麗なくせのない字で書かれた付箋を見た。英語の授業が始まった。こっそりノートの下に入れ込んで、りんちゃんの取扱説明書を読み込む。


(りんちゃんが友達いっぱい欲しいなら、増田さんはいいかも)


 増田さんのことはよく知らないけど、体育会系ってことだけはわかる。部活バック持ってるから、バレー部かパスケ部か、テニス部。うちの学校はその三つにユニフォームとか、施設ごとの建物まであって、他の部は、のんびり体育ジャージでやってるから。


 一時間目の授業が終わって、私はりんちゃんの元へ。入れ替わらなければならないから、どこかで、キスをしたい。……キスをしたい、って。変な感じ。


 りんちゃんもそう思っていたみたいで、ふたりで手をとる。


「わたしも一緒していい?!」

 増田さんがついてきてた。友人第一候補だけど、でも。

(二人でトイレにきたいから、なんて言ったら、変だよね!?)

 りんちゃんに視線を向けるけど、りんちゃんも戸惑ってる。


「増田さんだっけ」

「三崎さん、まだ名前覚えてないの?相変わらずだねえ」

 りんちゃんが、あ!という顔をした。いいよ大丈夫、恵麻はそういうキャラだから気にしなくていいんだよ~!と視線で訴えた。

「もれちゃう!いこー!」

 増田さんが笑顔で言うので、押し切られて、普通にトイレを済ませる。

 毎回思うけど、冷たい水道で手を洗っても、いつもなら冷たくて指先が落ちそうになるのに、丁寧に洗っても全然大丈夫なのがすごい。まるで装甲のあついロボに乗り換えたようだ。

 そう考えると、背丈が大きいだけでヒョロガリの恵麻・ロボのりんちゃんにもうしわけなくなる。


「りんちゃん、さむくない?」

 問いかけるとりんちゃんは大判のタオルで手を拭きながら「ちょっと冷たい」と言った。

「何度やっても新鮮に驚いちゃうわ。冷たいなんて感覚、忘れちゃってたから」

「歴戦の戦士みたいな言い分」

 笑ってしまう。


「おまたせ~」

 増田さんが戻ってきて、誰もいないんだから、この間にキスしておけばよかったことにふたりで気付く。でも、そんな唐突にはできないよね。

「増田さん、なにか部活してるの?」

 りんちゃんの体でなら、聞きやすい気がして問いかけた。一年一緒のクラスでもう三学期だというのに、クラスの人を知らない三崎恵麻じゃない、転校生の椿美鈴だもんね。友人になりやすい話題では!?


「私バスケ部なんだ~、実は、椿さんのこと知ってたりする」

「え」

「夏の大会で、全国行ったでしょ。優勝、おめでとう!」

「……」

 恵麻の体のりんちゃんを見上げる。りんちゃんは少し居心地が悪そうな顔をして、フルッと首を振って、踵を返して、駆けだした。


「三崎さん?」

「あ、えっと、待って。増田さんごめん、追いかけてくる」

「あ、うん、もしかして、三崎さんに、話してなかったの?」

「なにもしらないの」


 それだけ言うと、増田さんを置いて、りんちゃんの後を追った。恵麻の体なのに、なんて足の速さだろう。


「待って」

 追いかけたけど、全然追いつかない。りんちゃんの体だから、足はきっと速いはずなのに。精神がひっぱられるのかな?

 体の使い方がヘタなのかもしれない。

「りんちゃん」

 校舎の中で、名前を大声で呼ぶのはダメな気がしたけど、そういうと、りんちゃんは止まってくれた。

 くるりと踵を返して、私の元へ戻ってくる。良かった、ホッとした。抱きしめると、りんちゃんもおずおずと抱きしめ返してくれた。

「なにがあったか、聞いてもいい?」

 問いかけたけど、反応がない。

「言いたくないなら、言わなくてもいいよ」

「いいの?」

 小さな声がする。

「いいよ、無理やり聞き出しても、いやだもん」


「恵麻ってさ、すごくお姉ちゃんだよね」

「どの辺が……?」

「こうやって、だきしめてくれるとことか」

 ハッとした。なんの意味もなく、傷ついてそうな子を抱きしめてしまった。ふだんの友人への態度ならそんなこと、ぜったいしないのに!!

「長女の悲しいサガなのかな~?うーん」

 妹にだってしないのに、なに言ってるんだろうと思いながら、でも、なぜかすごく、慰めなきゃいけない気がした。

「でもつらい時は、そばにいるからね」

「もしかして、慰めなきゃダメだと思ってる?そんなに、つらそうにみえた?」

「うん、泣きそうだった」

「そっか……。やだなあ」

「なにが?」

「恵麻の体は、感情が隠せない」

「私の体のせい?」

 りんちゃんは、結構わかりやすいと思うんだけど!私、自分の表情筋があんなに動くの、はじめて知ったんですけど!


「ふふ」

 笑う姿を見て、ホッとした。

「あとでね、ちゃんと言うね」


 チャイムが鳴って、教室に戻る。また、体に戻り逃した。教室に入ると、増田さんが「ごめんね」と頭を下げた。わからないので、愛想笑いでごまかして、恵麻の体のりんちゃんをチラッと見て、席に座った。

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