第11話
寒すぎる朝、凍えながら支度をすると、椿さんがチュッと唇を押し付けてきた。
「支度が終わるまで、変わってあげるね」
「?!」
昨夜キスで入れ替わることがわかった私たち、三崎恵麻と椿美鈴。私は、すっかり朝の支度が終わった椿さんの体に意識が入った。椿さんは、私の支度を引き受ける。
「昨夜、こっちの意見を聞くって話は、どうなったの~!?」
よく響く椿さんの声で言う。
「戻るために二回キスしようって話しかしてなくない?」
「した、しました、したんですよ!!そのあとに!」
夜の会話のことなどすっかり忘れたのか、忘れたふりをしているのか、椿さんが私の剛毛な髪の毛をスラリとしたストレートにまとめていく。
キスして戻った後、私たちは約束を決めた。
①お互いの合意がない時は入れ替わらない
②入れ替われることは秘密にする
この二つだけ。お互いに好き、だろうけど、よくわかってないから、お付き合いするとかそういうのは、口にだせずにいた。ただ、そばにいたい。
でもお付き合いするとしたら、キスを、することになるだろうから、その辺りはもやもやと決めているだけ。
なのに、あまりにも身軽に、私の体を奪っていく(語弊がありそう)ので、軽い様子で支度を始める椿さんの所作を見つめる。
「家を出る前には、ちゃんと返すから」
なんて、私にはない表情筋で、ニコッと笑う。
多分さむがりな私に対する純粋なやさしさ。キスに緊張とか、してるのは、こっちだけみたい。
「私にとっては、温かいですけど。椿さんは、さむくないんです?」
わたしもなんでもないことみたいに、椿さんに問いかけた。
「ちょうどいい~!」
「え~?」
「恵麻もちょうどよくない?私だと汗だくだけど、恵麻だと汗が見えないもん」
たしかに言われてみれば。魂にも、温度があるんだろうか?
快適な椿さんの体のサラサラの髪を指先だけで掬って、撫でた。
「あ~、そのさわり方、すこしえっちだね」
「んな!!」
にまあっと不思議の国のアリスのチェシャ猫のように笑う自分に、驚く。そんなに口角があがるの!?それから、人の体に勝手に触ったことをとがめられた気がして、あわてて手を後ろに組んだ。やってません!のポーズ。
揶揄っただけの様子で、椿さんは私の支度を続ける。ご機嫌に鼻歌を歌う。音程がしっかりとれてる聞いたことのある流行りの曲。私は音痴だから、少し不思議な感じ。丁寧にクシでとかされていく私の剛毛が、湯気の立つクシで綺麗になっていくので感心した。
「恵麻の髪、ストパーかけてみてもいい?」
「お小遣いで足ります?」
「いくらもらってんの?」
「5千円ぐらい」
「ん~~三カ月ぐらい貯めないとかな」
たわいのない会話をしていたら、妹がどんどんとドアを叩いて、返事の前に部屋に入ってきた。
「ねえ!電車遅れる!!」
あわてて家を飛び出した。私たちは戻り忘れて、お互いに目を見合わす。
「どうしよう、椿さん」
「学校に着いてから、人目のないとこをさがすしか、ないかな」
困ったように目を見るけど、アハハと笑った。
「おねえたち、なーんか、きもちわるっ」
「んな」
笑いあう私たちに、海須々が嫌な顔をする。
海須々は電車に乗らないので、駅前で手を振って、彼女が中学へ行く様子をふたりで見送って、電車に乗った。うちの高校の生徒だけで埋め尽くされる車両。へんなおじさんはいないっぽい。
ドアのそばに立つ。
「海須々はほんっと……!!遠慮がない子でごめんねえ」
「自分のこと言われてるみたい」
にゃははと笑う椿さんに、私は、「あ」となった。そうだ、同じ名前。
「恵麻、あだ名はどうすんの?」
私の体のままの椿さんが、まだあきらめてない様子で言う。
「みーちゃんじゃだめ?」
「ん~いいけど、前の高校でもそれだったから、あと一ひねり欲しい」
「ひねるのかあ、じゃあ、スーちゃん」
「そっち行ったかぁ」
「んん~~~、りんちゃん!」
「あはは、もういいか、じゃあ!採用!」
「はあ」
嬉しそうにこちらを見る椿さん。身長が高い私の体を、見上げることも、自分の顔をマジマジとみるのも久しぶりで、奇妙な感じ。入ってる魂が違うからか、りんちゃんの手入れがいいのか、造形は地味なのは仕方ないとして、少しだけ肌が輝いて見えた。
「背が高いの、すごくいいなぁ、170cmはあるよね、恵麻」
椿さんがうっとりと他より少し高い位置に配置されている電車の吊革を掴む。
「椿さんって、何センチくらいなの?」
「あ」
「りんちゃん」
「よろしい」
ふふっと笑いあう。
「りんちゃんは、162センチだよ」
「女の子にしては大きいほう」
「バスケ選手としては小さいのよね~これが」
「そうなんだ」
全然わからない世界だ。
学校に着いてから、スマホで女子バスケ選手の平均身長を調べたら、私と同じくらいの身長もいっぱいいたけど、160cm台のプロ選手もたくさんいた。なにかがなければ、バスケットボーラーの身長なんてしらべることなかったかも。自分が知らない世界が、りんちゃんのおかげで広がっていく感じがして、妙な気持ちだった。
「席、間違えてない?」
増田さんに声をかけられて、ハッと上を見上げた。
いつもの癖で、廊下側の自分の席に座っていたけど、今、りんちゃんの体になっていたんだ。愛想笑いをしながら、立ち上がって、隣の席の増田さんと一緒に、私の体の椿さんの元へ行った。
「あ、ごめん~」
恵麻の顔で作り笑いをする椿さんに、私も笑った。
「あとで、一緒にトイレ行こ」
入れ替わらなければとおもって、りんちゃんに声をかけると、恵麻の体でサムズアップされて、ノリの良さがにじみ出てて笑ってしまった。
「仲いいね」
増田さんが、ふわりとほほ笑んだ。高身長仲間と勝手に思っていたけど、相手は私のことなんて気にも留めてないだろう。増田さんはおでこが出るほどの淡い栗色の短髪で、豊満な体をしている。
「うん、仲良くしてもらってる」
りんちゃんにしては、へりくだってるかな。きっと彼女なら「うん!」って元気よく頷いている。
「あんなに喋る三崎さん、初めて見た。いつもは、本を読んでて、話しかけづらいのに」
「そ、そうなんだ~へええ」
教室に居場所がないからです!でも新刊出てるし、そろそろ本屋にいきたいな~とはおもってたんだけど、りんちゃんと出会ってから本を読む時間が取れずにいた。こんなに本を読まなかったの久しぶり。活字欠乏症になりそう。
「わたしも、ふたりと仲良くなりたいなー、なんて」
本に想いを馳せていたのに、そう言われて横を向くと、ニコッと笑うので、ぎこちなくにこっと返しておいた。お友達になっていいのかな?りんちゃんの取扱説明書を思い出す。お友達の欄って、あったっけかなー??
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