第10話
お風呂上がり、椿さんが私の髪を乾かしてくれた。ドライヤーの使い方ひとつで、こんなに変わるものかというほど、私の髪までピカピカになる。
「今度一緒に、サロンにいかない?」
「え、こわい」
大丈夫だという椿さんに、私はなんと言ったらいいかわからない気持ちになる。ピカピカの椿さんのように、私もなれるのなら、なってみたいような気がしてた。
「じゃ、キスから、試してみる?」
ぼんやりしていた頭に、おもいっきり冷水をかぶったような気持ちで、椿さんを見た。
「え!?」
「あ、やっぱ、同性愛者と聞いたから、気になるかな」
「それは、もう、いいんだけど」
いや良くない?でも椿さんが、私を好きじゃないなら、別に友人同士のキスってことでいいのかな?!
私は、……私はちょっと、椿さんのことが、好きかもしれないんだけど、これって、いいのかな!?
「生理的にムリだったら、別の方法をためそっか。おでこをこつんっとするとか」
「あ、そういうとこから試そうよ!」
「んだね」
口の中に同じ飴を舐めたまま、おでこをこつんとする。
手をつないで、横になる。
一緒に、ベッドから飛び降りる。
それらを試したけど、なにもかわからなかった。私だけ汗だくになって、タオルで拭く。
「ごめん恵麻、汗気持ち悪くない?」
「大丈夫」
お茶ではよけいに汗が出るので、スポーツドリンクを飲むとしっくりした。
「そういえば、椿さんってなにか運動してるの?」
「んん、中学まではバスケ、してたよ。恵麻みたいな身長があったら、つづけられらんだけど」
髪を短くして、バスケットボールをしている椿さんが容易に想像できた。高校では、しないのかな?聞いてはいけないかと思って、口を閉ざす。
「その体、運動神経しんでるけど」
「あっはは、そんなことないよ、鍛えたら、いいのに」
たまに見え隠れする発言は、運動部だったからなんだな。
階段から落ちるのは、やっぱ怖くて、後回しになる。
お互いの眉間を触る。
指先をそっとつけてみつめあってみる。
ろうそくの火を一緒に消す、静電気を起こす、ゴムを引っ張り合って、パチンと離す。
「どれも、だめだね!」
椿さんが、アハハ!と笑う。これだけやっても、全然しっくりこない。
「キス、試してみよう……か」
思い切って、言ってみる。
「いいの?恵麻」
「うん」
「初めて、なんでしょ」
「緊張するようなこと言わないで!」
「無理しなくていいよ、だって好きな人のために、とっておきたいよね」
「椿さんは、たまに、普通のヒトみたいな価値観になるよね」
「たまにってなに!?」
私は、汗が玉のようにしたたるのをおさえて、タオルで拭く。真冬にこんなふうに暖かい気持ちになったのは初めてで、自分の体が、いかに冷たかったかを、知った。
「そんな寒い体に、いつまでも椿さんを入れておけないし」
「……恵麻、でもキスしても、戻らないかもよ?」
「そうなったら、責任を持って、私が、椿さんを温め続けます」
「なにそれ、プロポーズ?」
「!!」
驚いて、体が飛び上がってしまう。私の手を、椿さんが握った。冷たい。
「あったかいな、私の体」
「冷たい、私の体」
お互い、やっぱり自分の体に戻りたい。
「……試してみても、いい?本当に?後悔しない?」
こたつの中から、立ち上がって、私が座っていたベッドに、椿さんがあがってきた。ぎしっとスプリングが音を立てる。
妙に空気が重い気がした。恥ずかしいような、でも、嫌じゃない。ドキドキと心臓が鳴る。
「これでだめなら、一緒に階段を落ちましょう」
「恵麻って、実は、結構、度胸あるよね」
頬に、冷たい指先があたる。この場合、私は目を閉じたらいいんだろうか。自分の顔が、近づいてきているのでいたたまれなくて、目を閉じた。
柔らかな感覚。それでいて、冷たくて、少しの水分を帯びている。触れるだけの唇、グッと近づいて、ドキッとした。
目を開けると。
肩までの明るい髪、大きな瞳の椿さんが安堵の表情で、はぁと、息をはいた。
「戻れたね」
「戻……れましたね」
目の前に、キャミソール姿の椿さん。私は、自分の寒い手足に戻って来て、ブルッと震えた。
「もどれた!」
「きゃー!!!」
抱きしめ合って、ベッドに転がった。しばらくゴロゴロと喜びを分かち合って、私たちは、自分の体を堪能した。
「汗っかきで熱がりでイヤだけど」
「寒がりで、冷たくて、うどの大木だけど!」
「やっぱ自分の体!嬉しい!!」
キャッキャと笑いあって、ニコニコと笑顔を向けた。椿さんが、私の指に指先を絡めてくる。ジンとする。懐炉のようで、ずっと抱きしめてたい。あったかい。
「ね、恵麻。これからも、なかよくしてくれる?」
「!」
胸が熱くなって、思わず涙ぐんだ。
「そんなの、こっちがおねがいすることです!」
「なんで~」
「椿さんはピカピカで、私なんて、地味で目立たない最下層だから!」
自分で言っててちょっとなさけない。
「恵麻は、ピカピカだよ。私、恵麻が大好きだもん」
言われてびっくりする。
「椿さんってちょっと、本当に境界線がないですよね」
「だって、すきだから!境界線が見えても、チャレンジしたくなる!」
「ええ~~?」
くすくすとベッドの上で笑う。見つめる。キチンと椿さんの心が入っている椿さんは、やっぱりきれいで、自分が鏡で見るのとは、わけが違った。
「恵麻」
声が、ちゃんと椿さんだ。私の声じゃない。甘くてかわいい女の子の声。しがれたような自信のない私の声じゃない。
暖かな手のひらが、私の頬から、耳にかけて髪を撫でる。
チュッと口づけをされた。驚いたけど、嫌じゃないことに驚いた。椿さんからの口づけを素直にくちづけを受けて、目を閉じた。
瞳を開けると、そこには、私がいた。
私は、目を見開いていて、私をじっと見ている。
「えええええええええ」
「まって、キスすると、入れ替わるってこと!?」
「つ、椿さん!!!」
「恵麻~~!!」
私たちは何度もキスをして、そして、その仮説が正しいことを、知るのだった。
迂闊にキスが出来ない!!
「そしたら二回すれば、いいんじゃない?!」
あっけらかんと椿さんが言う。
「戻れなくなったら、どうするんですか!!」
「まあ、その時はその時、かな」
笑う椿さんに、私は驚く。この人と出会ってから、驚く事ばっかり。
でも、いやじゃなくて、ひえた手足に、血液が回って暖かくなった時みたいに、ワクワクしていた。
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