第9話
椿さんに見守られながらいつも通りの唐揚げを作って、海須々を呼んだ。
「おねえの唐揚げじゃん、椿さん、なにもしてないんだね!?」
なんて言われたけど、作ったのは正真正銘、椿さんの体なので、ツンとされるのは、なんだか変な感じ。
「そういえば、ご両親は?」
「なに、おねえ、そのきき方」
「あ!ごめん、間違えた。親っていつ帰ってくるんだっけ?海須々♡」
「しらなーい」
海須々は食べ終えて、テレビのリモコンをもつと、サブスクの映画タイトルをくるくると選ぶ仕草で、私たちに背を向けた。
「あとで、説明するね」
小さな声で椿さんにいうと、椿さんは頷いた。
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片付けをして、椿さんに一番風呂を進めた。髪が長いから、ドライヤーの時間もかかるし。
「ねえお風呂、一緒に入ろう!」
あっけらかんと言われて、思わず時がとまる。一緒に聞いていた海須々も、ハッとしている。
「やだ!」
先に叫んだのは、なぜか海須々だった。
「ほんとにごめん!!だって髪が!ぼっさぼさなんだもん」
「おねえなにいってんの?てきとーじゃんいっつも」
「目覚めたの!海須々も心配じゃない?この人、マジで適当なの!洗い方から全部間違ってそうだから、教えないと!」
「ええええ、なにおねえ、どういうことなの!おねえより、ずっと綺麗にしてそうなのに、おねえよりやばいわけ?!このお家のお風呂ひろいし、ふたりでも入れるけど、おねえにいわれるなんて、よっぽどだよ、美鈴さん!?」
「うううう……っ」
恥ずかしすぎる。でも、この体は椿さんのモノだし、でも、でも私は、私は……っ。
私は、勝てなかった。
ふたりで脱衣所へ向かう。
「そうだ、両親はね、ふたりとも仕事で忙しくて、たまに帰ってこなくなるの」
「え!じゃあ昨日の夜、妹さんひとりぼっちだったんでは!?」
椿さんが「うわーごめん~!」と繰り返すので、くすりと笑う。あんなひどい様子の妹なのに、手離しで可愛がってくれて、助かる。けど、わたしの体で「海須々♡」みたいなのは、少し、戸惑うけど。
脱衣所で、決意したように服を脱ごうと手をかけた、その時。
「ごめん」
椿さんが、声をかけた。なに?
「やっぱ、黙ってると申し訳ない気がしたから、言うね」
「……?」
私は、じっと椿さんの言葉を待った。
「私、女の子が好き。同性愛者なの。同性ってこと利用して、一緒にお風呂入るとか、良くない気がしてきたから、それだけは伝えておこうと思って」
「……!」
ビックリした。そんなふうに思えなくて。
「そういう場合、どういう感じになるの?」
「ええっと、性愛を感じる人に、体を見せることになるのかな?」
「自分の体なのに」
「自分の体だけど、今は恵麻の体だし、同性愛者だって後で知ったら、気になること、いっぱいしてたよなと思って」
それは、最初のひとりえっちの時から、そうなのだけど、急に真面目なトーンになって、驚いてしまう。あれは本当に、暖をとってた気持ちなんだろうか?
「椿さんの性格なら、初日から一緒にお風呂に入りそうなのに、私の手入れの仕方が、本当に気にいらなかった、ってこと、だよね」
そうなのだ、出会った時のようにピカピカにできなくて、私も困っていたんだ……椿さんは、ピカピカで、つやつやなのに、中身が私ってだけで一晩で、こんなにヘナヘナになるなんてと、思っていたとこだったんだよ。
「……ごめん、本当に、そうなの。だってそこまで伸ばした髪、どれだけ大事か……!」
椿さんは絞り出すような声で言った。私と、椿さんは結構身長差があるから、私はしょんぼりした私のおでこに、手を添えた。
椿さんと目が合う。黒縁眼鏡に、水が落ちていた。涙だった。
「なら、仕方ないよ、平気だから、椿さんも、気にしないで」
「恵麻」
「ごめんね、言いづらかったよね」
言うと、パァッと笑顔になるので、自分の顔なのに、椿さんは本当に表情豊かに、使いこなしていると思った。すごい。全身で、喜びを表現できるんだ、私。
「入れ替わったのが、本当に、恵麻でよかった!」
それは、私の言葉だと、思った。
ふたりで、お風呂に入る。椿さんは私に気遣って、お互いにタオルを巻いて入浴することにした。
「あ~~もっとよく濡らしてからシャンプーして。全然濡れてないから!」
基礎中の基礎の髪の洗い方をレクチャーされる。
色々と持ち込んだケア商品に、びっくりした。リンスインシャンプーしか使ったことなかったから、女の子は大変だなと思った。
「私も、前はそうだったよ。でも、高校生になって一念発起したんだ!髪を、せめて恵麻と同じぐらい伸ばす」
「肩までですごい可愛いのに」
「んふ、ありがと」
浴槽で、微笑む椿さんは、いつもの癖で肩を出していたけれど、私の体だと寒いみたいで首までお湯の中に入った。
私は、いつもならかけ湯のあと、しばらくお湯に入ってからじゃないと体も洗えないくらい寒いのに、椿さんの体だと、お風呂の湯気だけですでにほこほこしていて、驚いた。
「髪がぬるぬるしてるけど、これで完成なの?」
「ううん、ここで軽くタオルドライして、かゆみとか、いやなとこはない?そしたら、この洗い流さないトリートメントをつけて」
「ええ、大変……」
でも椿さんの体なので、言われたとおりにする。もし今日戻れなかったら、明日もこの手順なんだろうか。
「トリートメントは週一でいいよ」
少しホッとした。専用のドライタオルで髪を包む。
「次は体ね、ボディータオル使うのはやめて、全部手で洗ってね!」
「え!」
「こう見えて意外と皮膚が弱くて、タオルの摩擦で夜、かゆくなって掻いちゃうんだよね。そうすると角質が硬くなるから、背中は、ちょっとコツがいるけど、慣れたら簡単だから!」
椿さんの体の柔らかさなら、それは背中も届くかもしれないけど……手で!?そっちの方が、ドキドキしてしまう。
「ええっと……」
「そうそう、うまいうまい!」
褒められて、体をピカピカに洗い上げたけど、少しのぼせた。
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