第8話

 何の変哲もない一軒家の前、三崎の表札。

「おねえちゃん、おかえり」

 ぶうっといつも通りの様子で迎える海須々みすずを前に、私はにこりとほほ笑んだ。

「えー、こんなきれいな人と友達になったの!?良かったじゃん、大成功じゃん、三崎海須々みさきみすずです、まりんって呼んでください!」

「……ど、どうも、椿美鈴つばきみすずです」

いきおいにおされて、おどおど言うと、海須々が舌打ちをした。

「ち、なーんだ、陰キャかよ。同じ名前お疲れ様です、おねえの部屋は二階で~す」

 すんごい性格のジェットコースター。かわいい妹だけど、さすがに始めて来た友人にこの態度はないと思う。

「みすず♡、おもろ~!」

 楽しんでるのは、私の体をした椿美鈴さんだ。

 ケタケタと笑って、海須々を見ている。

「まりんちゃんって、よんでいい~?」

「はあ?おねえはいつもどおり、海須々って呼びなよ、ばーか」

 スッと廊下に消えて行く。

「妹は、いっかいの角部屋に部屋があるんだ?」と言われて、掘りごたつもある、今は老人ホームに行ったおばあちゃんがいた部屋だと説明した。


「へえ、いいじゃん~、恵麻って、こたつから出てこなそ~」

「わたしの部屋にも小さいこたつがあるから、入って!寒いでしょ」

「うん」

 二階に上がって、自分の6畳の部屋に通す。私の体で、わたしの部屋にはじめて入った顔をしているの、なんだか不思議だ。

 椿さんは、小さなこたつを見つけると、ダウンジャケットを着たまま嬉しそうに入り込んだ。

「寒いよ!?」

「まだつけてないから」

 私はくすくす笑いながら、こたつの温度を上げた。

「はぁああ、温かくなってきた~」

「床暖房もつけました」

「なにそれ、寒がり仕様じゃん!」

「うちの家、全員寒がりだから。海須々はそこまででもなさそうだけど」

「寒いけど、確かにこの家に入った途端少し寒さが和らいだ気はした」


 椿さんの体だと、この部屋は少し暑すぎる。断熱仕様になっているから、あわててジャケットを脱いで、キャミソール一枚にならせてもらった。

「あっつい」

 人生で初めて、冬にこの言葉を口にした気がした。


「ごめんね、恵麻、暑いっしょ」

「ううん、快適になったよ」

 言いながら、でもさすがにお風呂に入りたくなったので、先にお風呂の支度をしに行った。普通に洗いながら、ハッとすると、海須々がこちらを見ている。

「なんで、椿さんがうちのおふろあらってるわけ!?」

「あ!え!っと、その、今日お泊りするから!そう、お礼に!!」

「はあ?そんなこと、普通する~?なんか、おねえみたい」

「え!」

 ささっと髪のゴミクズやら、そこらを綺麗にしてしまったせいで、海須々にバレたような気がした。

「あやしい、あなた、何者?」

「え、ええ、ええと……」

 じいっと見つめてくる妹に、動揺がかくせない。


「みすず~、ありがと~、わ~すごいきれいだね~、さすが掃除のプロって自分で言うだけあるわ!!」

 私の声がして、ふたりで振り向く。

「ミスズちゃん、美鈴はね、お掃除がとっても上手だって言うから、お言葉に甘えちゃったの。どう?すごくない?」

「ふうん、んまあ、すごいけど。おねえが昨日、片付けに行ったお礼とかなわけ?」

「そうそう!!お礼!みすずちゃんかしこいね♡」

「そのテンションなに?うざ」

「んふふ」

「まあいいけど、昨日あたしがお夕飯作ったから、今日はおねえの番だよ、私、唐揚げがいい」

「え!」

 言われた椿さんが、私をじっと見る。

「えー、えー!唐揚げ!私も得意だから、一緒に作ってもいい?!恵麻」

「ワ、ワアもちろん!うれしいな~」

「なに、テンション、おかしくない?私、出来るまで部屋にいるから」


 ツンとして、妹はお風呂場を後にした。

「はああ」

 思わず声を出して、ため息をつく。

「妹、ずっとあんなかんじなの?」

「そう、反抗期真っただ中」

「お姉ちゃん大好きって感じだから、バレそうではあるね」

「全然きらわれてるから平気とおもうんだけど~、私にとっては可愛い妹だけど」

「恵麻、あなた、自分への好意を、少し考えたほうがいいよ」

 ニコッと笑われたけど、私は全然わからなかった。


「ねえ、キス、いつ試す?やっぱ時間帯を合わせたりした方がいいかな」

 なんでもないことのように、椿さんが言う。お風呂場に声が反響して、私はハッとした。


 そうだった、いれかわりを直す実験を、今日はするんだった。

 思わず唇を見つめてしまう。

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