第6話
「今日はさ、色々調べる日にして、痛くないことから試してみよっ」
と、今朝、椿さんと約束をしたことを思い出す。
ブレザーのままでかけようとした椿さんに、ホッカイロなどを仕込みながら、今日は私の家に泊まる約束になっていた。
「突然行って平気?」
「椿さんちほど広くはないですが、一応、ひとりになれる部屋はあります、寒がりの過ごし方を、教えないと、椿さん本当に凍えますよ」
「んむ」
恐ろしさが少しだけ伝わったようで、椿さんはごくんと息をのんだ。
「あ!!!買っただけのダウンがあるから、それ着よう!」
嬉しそうに荷物を広げる椿さんが、薄いピンクのダウンを私の体で着た。
「あったかぁ~~い!!」
やっぱり寒いと思ってたんだ。同じ色の耳当てを付けて、嬉しそうに鏡の前に立った。
「かわいい!!」
「私の体ですよ、にあわない」
「恵麻はかわいいと思うんだけど!」
「性格のいい人は、誰でも可愛いって思うやつですね」
明るい人は、いつでもそういうんだ。
「そんなことないよう~、かわいい!」
いつもの三つ編みではなく、ほどいていくというので、止めなかった。たしかに髪を結んでいないほうが、暖かいのは事実だし、ほんのちょっとだけ、剛毛が綺麗になってる気がしたから。
「あいつ、今日は髪を下ろしててさ、調子乗ってるよね」
ハッとした。記憶の中から戻って来て、私は林田さんを見た。
「にあってないですか?」
「……?!はあ?陰キャがおしゃれしても、陰キャなだけだよ」
それはそうなんだけど。中身が椿さんだからか、明るくなって良かったなと思っていたのに。
「マコもういこーよ、そいつマジ。いいじゃん、仲間にしなくても」
「最後のお誘いだよ、椿さん。うちらと遊ぼ!ね!」
林田さんが言う。こうやって、人って友人を作るんだ。すごいな、真似できない。ぼんやりと林田さんを見ながら、私は約束の5分が過ぎていたことを知る。
椿さんを、待ちぼうけさせてる。
「恵麻」
しがれた声で、名前を呼ばれて振り向いた。
「椿さん」
私の体の椿さんが、すぐ後ろにいて、私はハッとした。
「マコ、美鈴を連れてくなら一声かけてよ~、私、教室からここが見えてびっくりした」
「み、三崎……」
「いこ、美鈴、ご飯食べる時間なくなっちゃう」
にこりとほほ笑む私。そんな強気な表情、出来たんだ。
「……なに様だよ、三崎。お前さあ、マジで調子に乗ってんじゃねえよ!」
どんと体を押されそうになって、私は思わず目をつぶった。
けれど、転んだのは林田さんで、私の体はひらりとそれらを避けた。少し動きが、ぎこちないけど、私の体、そんなふうに動かせるんだ!と驚く。
ムキになった林田さんが、相撲の張り手のようにドンドン行くけど、そのすべてをひらりとかわす。まるでボクシングの試合みたいで、周りのスタメン女子達も驚いて見守っている。そして私の体の椿さんが、林田さんが付きだした手首をサッと握った。
「マコ、本当は、三崎恵麻と、友達になりたいの?」
林田さんの耳元で、椿さんがなにかを囁いたけど、私には聞き取れなかった。
「んなわけ!ないだろ!!」
と叫んで、むやみやたらに殴りまくる林田さんの叫び声は、聞こえた。
「んも~、おっかないなあ、じゃあかまって来なければいいのに!!」
それらをひらひらと避ける椿さんが、私の元へ来て、手を握ると走り出した。
「いこ!」
私たちは校舎への道を駆け抜ける。光が弾けて、飛んでいくようだった。
「ところで恵麻、汗が不快じゃない?だいじょうぶ??」
かわいいバスタオルを渡されて、汗を抑えたけど、全然不快じゃなかった。むしろこのタオルは、椿さんが必要なんじゃないかな!?少し熱を出した時よりもぽかぽかしていて、体が軽いような気がした。
「んん、この体、どんなに動いても汗が出なくて、楽だわ~!もう少し鍛えたら、もっと動かしやすくなるかも!!」
ムキムキの自分を想像して、思わず吹き出した。
「助けてくれて、ありがとう」
「えへへ」
私の体で、おでこをポリッとかくけど、少しかわいく見えた。
「あ、でもね、林田さんは椿さんと仲良くしたかったみたい。放課後、一緒に遊ぼうって」
「パスだよ。恵麻にひどいことする様子みてたら、仲良くしたいなんて思わないでしょ」
「いいの?」
「放課後は、恵麻と一緒にいるって約束したしね!」
この入れ替わりがなければ、椿さんは林田さんたちと、一緒にいたかもしれない。やっぱり少しだけ、奇跡なんじゃないかと、思ってしまう。
「う~~、さむ、早く教室はいろ~~」
椿さんは、かじかんだ手をこすり合わせて、私の手を取った。
「あったかい!」
「ね、椿さんの手、こんなにあったかくてすごい」
「心の冷たい女と言われ続けたものだよ~」
「え~~」
「恵麻が冷たいから、その実績は高くなっていく」
「いま、その体にいるのは椿さんじゃん。そしたら、心があったかいってことにならない?」
「あ、そっか」
「そして私は、心がキンキンに冷たい女ということに」
「あはは!!」
嬉しそうに、椿さんは笑う。
「迷信だ!」
そうだよ、椿さんだってすごく優しいもん。
ちょっと破天荒だけど、私の中で、椿さんはすごく、大事な人になった気がした。まだであって二日目なのに。
「椿さんは、寒くて申し訳ないです」
「わたしも不快じゃないよ、この冷たくて、薄いからだ、結構たのしい」
「でも返してくださいね」
「ねえ、私だっていらないわけじゃないからね??」
睨み合うけれど、思わず笑ってしまう。
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