第5話
どうやったらお互いの精神が元に戻るか、私たちは考えた。正しくは、私だけが、悩んでる。椿さんは、あっけらかんとしてて、なにも考えてないように見えた。
学校も休みたかったけど、さすがにそれは出来なそうで、仕方なく登校することにした。
椿さんは買っただけで着れなかったという、憧れのダウンジャケットに体をうずめて、嬉しそうにクルクル回った。私は、絶対にそれだけじゃ足りないと思って、カバンに仕込んだホッカイロを、背中に貼った。
「あつくない?」
「これじゃ足りないぐらいです」
私が思っていた通り、椿さんは震えに震えて登校することになる。オシャレダウンは、お尻の辺りから、あったかい空気が抜けるんだよね、意外と……!
私は身軽で、制服だけで立っていられる奇跡に、打ち震えていた。すごい。あったかい。うすいストッキング、逆に暑いくらい!!!ローファーの当たっているところが痛くならないなんて初めての経験で、浮かれてスキップしそうだった。
そしてお昼休み。椿さんのお母さんは、うちの高校出身らしい。お昼は買うように指示された私たちは、購買へ向かった。小さなパックにお惣菜が入って売っててどれも100円だ。
ダウンジャケットを着たまま、ワクワクと宝探しのように、椿さんはお惣菜を5個も買ったし、移動販売車のパンも、大量に買っていた。
「なんで椿さんはそんな、たのしそうなんですか!?」
「えーだって入れ替わりなんて、人生で起こるなんて、ありえないじゃん」
「ありえないから、悩むものなのですけど」
もしかして、はじめてじゃないみたい?
私は、椿さんがこういう状況に陥るのは、はじめてじゃないとしたら、確かに落ち着いているのも、わかる気がした。
「もしかして、椿さんが入れ替わる能力があるとか?」
「ないない!そんな不思議能力あったら、とっくにいろんな人と試してるし、とっくに戻ってるハズでしょ」
「ああ……」
わたしの突拍子のない意見は、すぐに覆された。
「恵麻がそんなに怒るなら、一刻も早く、いれかわりが戻るやり方、しらべなきゃだね!まずは腹ごしらえ!」
「それしか、なさそうですね」
本当は椿さんと入れ替わったこと、そこまで嫌だと思っていないけれど、私の体を……椿さんが、触るって言うのが、どうしても恥ずかしくて、私は頷いた。
入れ替わった時と同じことをする……ということは、あまりおすすめできないっぽかった。階段から落ちた時、無傷だったけど、もういちど無傷で落ちる自信がない。
「キス、かな?」
「!!」
私が言い出しづらかった言葉を、椿さんが先に言った。
「昨日の夜、試してみたかったんだけど、恵麻、先に寝ちゃったから」
「だって……昨日は!」
「あー、ごめん、はずかしいことおもいだした?」
「うう!」
キス……事故でぶつかるのとは違って、少し動揺してしまう。まだ、したことがないから。
「そだ、わたしのからだ、めちゃめちゃ汗かくから、水分よくとってね」
「何度目ですか、わかってます」
話をそらされたけど、思わず返事をして、水筒を開いた。空になっていたので、自動販売機へ買いにいくことにする。
「スポドリがいいよ!いっしょにいこうか?」
「……ひとりでいけます」
「教室で場所取りしとくね!」
そういえば、離れているのは授業中だけで、私は少し、不安に思った。もしも、この離れている間に、精神が固定されちゃったら?
ダウンジャケットを着て校内を歩き回る三崎恵麻の姿を遠くに見る。髪をほどいていて、あか抜けている感じがした。自分じゃないみたい。中身が違うから。
ペットボトルのスポーツドリンクを二本買って、教室へ戻ろうとした時。
「椿さん」
「!」
林田さんに声をかけられて、私は思わず廊下でつんのめった。
「だいじょうぶ?!」
「だいじょ……ぶ、おどろいただけ」
「ごめん、急に話しかけて、今5分だけいい?」
「……うん」
校舎裏。ぽかぽかの日差しが暖かい、スタメン女子達が昼食を囲む人気スポット。そこに呼ばれたのは、椿さんの外見をした、三崎恵麻。とても居心地が悪い。
「あいつ、三崎恵麻と、どういう関係かわかんないけどさ、うちらと一緒に遊んだほうが絶対楽しいよ」
「椿さん、この辺のことまだぜんぜんしらないっしょ?今日の放課後、あそぼうよ」
つまりは、みんなで三崎恵麻を無視しようというお誘いだった。
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