第4話

 椿さんのお母さんが、ドアをノックしてお夕飯の有無をきいてくれる。

 ベッドに恵麻の体の椿さん、椿さんの体の私が、床に座っていることに、少しだけ不思議そうな顔をした。

「あと30分ぐらいで出来るから、あとで来てね!」

 そう言われて、私たちは顔を見合わせる。

「片付いてないの、怒られなくてよかったあ」

「恵麻ってば。うちの親そういうことで怒んないよ」

「羨ましい、でも、形だけでもやっぱり、片づけません?」

「んだね」

「それから、椿さんの癖とかあったら、会得したいです」

 転校生の椿さんの仕草を誰も知らなかったし、私もクラスで浮いているから(自分で認めちゃう)入れ替わりがバレなかったけど、たぶん、お母さんにはバレるよね。

「今日はカレーだから、カレーってちょっとずつ混ぜて食べる感じ」

「あ、同じです」

「おかわりは、三杯までだからね、気を付けて!サラダから食べて、えーっと……」

「まって!三杯なんてムリです」


「えー!?夜絶対おなか減るよ~。ん、じゃあ今日は好きに食べよっか、トリセツも、よく読み込んでさ」

「はい」

「なんて、明日の朝起きたら、戻ってたりしてね!?」

 だといいんだけどと思って、私は笑った。

「恵麻でよかった!」

「え?」

 椿さんに微笑まれて、私は顔を上げた。

「恵麻、すごくいいこだから!」

「私なんて」

「あ、ヤバ、もう30分経ってる!いこ!」

 椿さんに引っ張られるように、ご飯を食べに行って、ワイワイと過ごした。

 食べ方は少しだけ気付かれたけど、いつもよりきれいとか言われて焦る。


 それから、お風呂に入り、軽く引っ越しの片付けをして、私たちは横になった。

「恵麻、床固くない?」

「お布団ふわふわですよ」

「新品のお客様布団だからねえ」


 ちょっとした沈黙。椿さんの体は、細いのに、床に骨が当たったりしない。私だったら、鎖骨が割れるかもしれない。このしなやかさは、もしかして、なにか武術をしてたとか、そういうモノなのかもしれない。

「椿さんって、朝、おじさんを投げ飛ばした?」

「ん?なんの話?」

 顔にこれ以上聞くなと書いてあって、黙り込んだ。

 あの後、すぐ最寄り駅で降りたけどおじさんは無言で床に転がっていたままだった。

「みんなが迷惑に思ってるのに、誰もなにもできないのって、不思議だよね」

「う、うん、そう思ってた」

 やっぱり、椿さんが投げたんだよね?

「でも、あいつが死んでたら、投げたやつのせいになるかもだし、しーだよ」

「!!」

 私は、あまりにも不穏な台詞に思わず口を押えた。そ、そっか、そういう怖い話、かもしれない。


「このいれかわりが、あのへんなおじさんだったりしたら、こわくない!?」

「おじさんとくらべたら、それは!!」

「やっぱ、恵麻でよかったんだよ」

 うふふと笑いあって、暗い中。足の先が暖かくて、こんなに暖かなお布団の中は初めてで、疲れもあったのか、私はいつもよりずっと早く眠りについた。


 :::::::::::


そして冒頭の、事件に戻る。


「んっはっ」

 甘い声がして、ハッと目を覚ました。

「あっ」

「え?」

「わ!恵麻、ごめん、起こした?!」

「え、ええと……」

「あまりに寒すぎて、その……ごめん、眠れなくて」

「……あ、すみません、確かに私寝つきが悪くて」

「ねえ、恵麻の体、すっごい感じやすい」

「え!?」

「びっくりした、よく眠れそう」

「まって、椿さん!?」

 スヤっと眠りについてしまう椿さんに、私は戸惑う。もしかして?もしかして…‥??

 ガバッと起き上がった私は、全部夢かと思って、辺りを見回した。自分の家じゃない。椿さんの家。そして、眠る、私の姿を、はじめて客観視する。ガリガリだ。

 椿さんが目覚めるのを待った。


「んにゃ~、恵麻、早いねえ」

「おはようございます」

あれから、一睡もしていない。

「おはよう」

 乱れた様子で起き上がる自分の体を見てられなくて、少し顔をそらした。

「……やっぱり、気付いた?」

椿さんが、ばつが悪そうに言う。


「やっぱり昨日、シ……!ひとりで、してましたよね!?」

「ごめん、ごめん、寒くて、どうしても眠れなくて~~!!」

「わ、私なんか、申し訳なくて、お風呂でもそっと触るだけだったのに!!!」

「え!ちゃんと洗ってよ!?」

「洗いますけど~~~!!!」


 頭の中がパニックになる。入れ替わった当日に、本人の了承もなく、そ、そういう触れ方を、するかなぁ!?

「私たち、初対面なのに!!」

「ごめん、ごめんって、だって指先が冷たすぎて、股の間に入れたら、あっという間に気持ちよくなっちゃって!」

「なんですかそれ!!」


 自分で自分の体を触る事なんて、ほとんどないのに、そんなことを言われて恥ずかししさで死にそうになった。

「お詫びに私の体も、触っていいからさ!」

「そういう問題では、ないと思うんですけど!!!」

「ごめんてえ……他人に触らせたりは絶対しないから!」

「当たり前です!」


 私は、私の体で胸を張る椿さんを、今初めて見たかのような気分になった。


「椿さんはいい人だと思ってたんですけど、もしかして、境界がないだけなんですね!?」

「な、なー?人を礼儀知らずみたいに!」

「それ、みすぼらしいけど、私の体なんですよ!自由にしないでください!!」

「みすぼらしくなんかないし、感じやすいのって悪いことじゃないと思うんだけど!」

 言われて、私は、頭の中がグルグルになった。


「もう、もう、最悪!早く私の体、返してください~~!!!」


 早朝のマンションに、私の声は響き渡った。椿さんの声はよくとおる。


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