第3話

「は~、ととのう~」

 私の手のひらを頬に当ててそう言った椿さんは、うっすらと汗をかいた私の体で手指を温めている。

「自分の体だと思うと遠慮なく触れていいね」

「今は感覚は、わたしのものだと思うんだけど」

「あっはっは、ごめんごめん」と言いながら、悪く思ってなさそう。

「自分の体だから、わかるんだ。けっこう気持ちいいっしょ?」

「!!」

 にやりと笑われて、確かにだったけど、私って、こんな悪い顔できるんだ~~!!と、そっちに驚いた。


 駅の階段から落ちて、心が入れ替わって数時間が経っていた。

 元に戻る気配もなく、放課後の帰り道。

「トリセツ書いてくれた?」

私は私なりに書き出したものを渡した。

「ふんふん、とにかく寒がりだから、気をつけてねってことばっか。心配しすぎだよ」

「椿さんだって、お水を飲んでね、とか、こっちの心配ばかりじゃないですか」

「え~~だって脱水で倒れたことあるんだからね!?」

「ええ!?」

「で、良い案というのは?」

「うちに泊まってもらう!」

「え」


【さっそくできた友達が、泊まりで片付けの手伝いしてくれるんだって!!】


「これを親に送信すると、どうなると思う?」

「え、えっと」

【あらー!さっそく良いともだち!優しい!】

 かぞくLINEでそんな簡単なやり取りをする椿さん。お泊りまでしっかりお伝えしてある。

「こうなる」

「なんてあっさり……」


 うちは、妹にまずは電話だ。

『えーお姉ちゃん面倒くさいことひきうけたねえ』

「……」

 椿さんが困ったように固まっている。ノートに、「どうしてもなの、って言って」と書くと、椿さんがそのように言う。

『わーったよ。明日には帰って来てよね!ぜったいだよ!!』

 こちらの意見はきかず、ぶつりと切れたスマートフォンを見て、椿さんは呆れたような顔をしてた。

「これがうわさの、みすず!!」

「ね~、お姉ちゃんに塩対応すぎるでしょ?!」

「かわいい妹じゃん、ミスズ♡」

「えええ???」


 首を傾げたまま、椿さんのお家にたどり着いた。オートロックのマンションで、新築の綺麗なにおいがした。

「美鈴ちゃんおかえり~!!わあ、あなたが恵麻ちゃん?!背が高いのねえ、すてき!!今日はよろしくね」

 椿さんとそっくりな若いお母さんが出てきて、パパッとコートやらなにやらを整えられた。家の中はすっかり片付いていて、何を手伝うのかよくわからなかった。椿さんの部屋に案内されて、段ボールだらけだったから、少しホッとした。


「本とかは本棚に入れてくれるコースだったんだけど、洋服はそのままでさ~」

 恥ずかしそうに言う椿さんに、でもすぐ終わりそうだったから、さっそく始めようと腕まくりをした。


「ええ、うそうそ、それは口実で、私たちがどうやって戻るかの相談でしょ!?」

「あ、そっか」

「恵麻!あなた、本当に、いい子だね!?」

 椿さんがわらって、綺麗に整えられたベッドに座った。

 私、こんなに綺麗に笑えるんだと思って、つられて笑った。

 フルッと震えた椿さんが、エアコンの暖房をつけた。

 私は、少し暑いくらい。

「恵麻はホント寒がりで羨ましいよ。私、真冬にダウンとか着てみたくて買ってはあるのに、いっかいも着た事ないの!」

「でも重くて肩がこるし、出来るなら身軽なほうがいいよ、夏もカーディガンがてばなせない」

「夏!裸でも熱いよ!?」

「裸!!!?」


 今からそんな話をして、私たちは笑った。

 

 制服を脱いで、椿さんの服を借りた。本当に薄着でも暑いくらい。

「恵麻は、長袖着ないと寒いや」

って言うか制服の下に何枚きてるの!?と驚かれて、私の日常だと説明した。

お互いの取扱説明書に、色々なことを書き込む。

「髪は命だから!ようやくそこまで伸びたから!!」

「そうなの?私、ずっと伸ばしっぱなしだよ」

「憧れの黒髪~~!!つやつやにしていい!?」

「できるなら……いいけど」

剛毛の髪をつやつやにすると言い張る椿さんに、ちょっと呆れる。


 今朝あったばかりの椿さんと、こんなに仲良く話せるのは、きっと、ううん絶対、入れ替わったおかげ。きっとすぐに素敵な友達ができて、私とは疎遠になると思っていた分、私は、少しはしゃいでしまってた。

「困るよね、戻れなかったら」

 私がその立場だったのに、椿さんに言われてハッとした。


「戻れる手段とか、調べよっか」

「うん」

そうだった、この事態って、浮かれてはいられないんだった。

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