第2話
「椿美鈴です」
見知った教室の中。黒板の前に立たされて、小さな声で言うと、拍手が起きた。美鈴さんの体だと、そんな態度も可愛く映るのかも?それとも、制服がおしゃれなブレザーで違うから?セーラー服の中だと、目立つよね。
私が顔を上げると、私が、元気に手を振っている。いや、正しくは、私の体のままの椿さんが!!!
「先生!美鈴は、私のとなりでもいいですか!?今朝、知り合ったんです!!」
私の体の美鈴さんが、元気にそういう。元気すぎる。(三崎恵麻は、そんな大きな声出せたんだ?)って周りの人たちも、素直にひいてる。階段から落ちたのに無傷な私たち。心が入れ替わってるなんて、誰も気づかない。
「転校生は窓側の一番前って決まってる」
私の体のまま、椿さんは残念ガッカリという顔でうなだれていた。
休み時間になって、一番にかけてきてくれたので、まるで子犬に懐かれたような気持ちになった。いや自分の体なんだけど。私より、上手に動かしている気がする。
ウドの大木、と、何度言われただろう。
「ここあっついね、大丈夫?」
ストーブの横の席で、私は汗だくになっていた。いつもなら、寒くてちょうどいいのに、美鈴さんの体だと熱さがダイレクトアタックだ。
「廊下側の一番後ろの席なんて、ストーブも届かなくて、マジ寒いよ~」
自分が私にかしてくれた懐炉を抱きしめて、椿さんは言った。
「寒いなんて初めてで、おもろいね」
「私こそ、暖かいを通り越して、熱いなんて初めてで」
しどろもどろに伝えると、美鈴さんはニコリと笑った。いえ、私の顔なんですけど。
「ね、これ、私のトリセツ!」
「トリセツ?」
「だって困るっしょ?ね、放課後までに、恵麻もかいてよ」
放課後まで入れ替わったままなんて困るんですけど!!
一応受け取って、ノートを開く。黄色とピンクの付箋に、思っていたよりきれいな字で好きなものや苦手なものが書かれている。
「じゃ、これ恵麻の分ね~」
付箋を置いて行かれて、これ、全部かかなきゃなの?とちょっとげんなりした。
でもこれって、プロフィール帳ってやつに少し似てない!?
精神が小学生の私は、少しワクワクしながら、それに書き込んでしまう……。うう、手のひらで転がされているようで、悔しい。
転校初日に遅刻なんて大変だと思ったから一応出席したけど、私は本当に困っているのに、椿さんはあっけらかんとし過ぎている。
放課後。一生懸命プロフィール帳を埋めている私の頬に手があたる。
「おお、あったかい」
「つつ、つばきさん!?」
「美鈴でいいのに~」
「だって」
「そっか、妹さんと一緒だから。早くあだ名決めてよ~」
「え、えっと、みーちゃん」
「ねこっぽいなぁ、いったん却下。ほかのも出してみて」
にゃんと手を猫の手にするくせに、気に入らないみたいでちょっと悔しい。
迷っていると、辺りに3名のクラスメイトが集まっていた。うちは女子高だから、全員女子だ。林田さんが、フンと私の体の椿さんを侮蔑したように見つめた後、椿さんの体の私に、話しかけてきた。
「椿美鈴さん、三崎さんと知り合いなの?」
当たり前の質問をされて、私が困っていると、「うん」とだけ頷く椿さん(正しくは私の顔をしている椿さん)に、不穏な空気が漂ったことに、私だけが気付いた。
「意外、つーか、椿さんも、三崎の仲間?」
「なかまって?」
「そいつオタクなんだよ、ネットの知り合いだったりするわけ?転校してきてすぐ友達なんてありえる?」
「おお……」
椿さんは、驚いて目を丸める。
魔法が解ける気がする。
本を読んでたのは、好きだから。高校に入ってすぐ、友達を作るよりも新刊を優先してしまったから。でも、友人を作る事を疎かにしたのも、私のせい。
「ま、椿さんも傷つく前に離れたほうがいいよ、そいつ、最初だけだから」
「そういう感じか、マコさん」
「え!?お前きやすく名前呼ぶなよ!」
林田さんが、大声で否定するそれには、私も驚いて、椿さんをじっと見てしまう。
「その、後ろにいるゆっきーが呼んでたんだけど、じゃあどう呼べばいい?」
「え!?」
ゆっきーと呼ばれた雪乃さんも同様に驚いて、場は椿さんの独壇場になる。
「みーちゃん教えて、なんでこんな感じなわけ?」
充実さんが、うーんと唸る。その様子は、いつもと少し違った。
「マコが、最初に誰!?とかいわれたんだっけ」
「入学式で隣になったのに」
二人が、思いだすようにそう言った。マコさんは「ちょっと!」などと止めている。
「それから、体育で二人一組になったのに、初対面みたいに言われたとか」
「調理実習でも一回も名前呼ばれなかった!三崎さんが、わたしのこと覚えてない!とか?」
「ふたりともやめてよ!!!」
「んじゃ、マコ、今日から私のこと、恵麻って呼んでよ!私もマコってわすれないから。ね」
「はあ!?お前調子に乗ってんじゃねえよ!」
「わあ、お嬢様学校だと思ってたのにやるじゃん、いいよマコ、ケンカする?!」
わたしより10cmほど背が低い林田さんが、私の体の椿さんに、ググっと怯む。私の体なのに、私なのに、なんだかすごく、ドスの利いた声で、教室の空気が変わってしまった気がした。
林田さんが大きな声で、「いこ!!!」と踵を返す。私は、ポカンと椿さんを見た。
ショートカットの増田さんが、「やるじゃん!」と声をかけるけど、椿さんは増田さんに手を振るだけ。お互いそれで完了するっぽくて(体育会系!)と思った。
「マコちゃん、きっと、恵麻と仲良くなりたいんじゃない?」
椿さんが、指をくるくるして私の机に寄り掛かるようにそういう。
「つ、つつつつばきさん、ああいうの良くないよ!」
小さな声であわてて耳打ちをした。
「恵麻、あの子達の名前、本当に知らないの?」
「さすがに、もう3学期だから知ってるよ、
「ふうん、で、いじめられてた?」
「あ、あ、えと……からかわれることが多いだけ」
嘘だ、最近は、彼女たちのされるがままになっていた。
「ふはは、恵麻ってば運が悪いね」
「そんなはっきり言わなくても」
「でも気持ちは強いんだね、私じゃあんなふうに言われたら、からかわれてるとおもわないでへこみそう。よく頑張ってたね」
「……」
まさか。
にこりとほほ笑む椿さんに、私は、自分の顔なのに、ドキンとした。
「ね、それよりもさ、恵麻。家どっちにかえる?」
「あ!!」
「うちら入れ替わってるの、やっぱ大問題?」
「今更気付いたんですか!?」
「家族が困るよね~」
うちは、妹からも親からも空気扱いだから、ぜんぜんいいのだけど。
「椿さんのお宅は、今日は引っ越しとかで色々、たいへんじゃない?」
「……そうなんだよねえ、まだぜんっぜん片付いてなくて……」
言ってから、椿さんはハッとして「それだ!」と私を指さした。
「???」
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