あつがりさんとさむがりさんのいれかわり百合
梶井スパナ
第1話
「んっはっ」
甘い声がして、ハッと目を覚ました。
「あっ」
「え?」
「わ!恵麻、ごめん、起こした?!」
「え、ええと……」
「あまりに寒すぎて、その……ごめん、眠れなくて」
「……あ、すみません、確かに私の体、冷たくて寝つきが悪いですよね」
「ん、ねえ、でも、恵麻の体、すっごい感じやすい」
「え!?」
「よく眠れちゃう……っ」
「まって、椿さん!?」
スヤっと眠りについてしまう椿さんに、私は戸惑う。もしかして?もしかして…‥?いまのって、ひとりえっち……!?
::::::::::::::
今朝の話。
三学期が始まってすぐ。今年は暖冬と聞いていたけど、雪が降らないだけで寒さは厳しくて、一度を下回ることが毎日の田舎の電車の中。ヒーターが壊れているのではないかと思うほど、座席から暖かな熱風。寒がりな私にとっては快適だけどそれでも足の表面がこんがりと焼けてて、低温ヤケドの心配も出てくるから、少しだけ足を遠くに投げた時。
「「毎日通学お疲れ様ぁ」おじさん」として有名な、なぜか女学生にだけ寄り掛かる作務衣を着たおじさんが、目の前の吊革から、放物線をえがいて、車内に飛んで行った。
ザザああっと波が引くように、おじさんは誰にも受け止められず、車内の床に音もなく落ちて行った。どさぁ!!さすがに落ちた瞬間はすごい音がした。
「あっつ!暑い。ねえ、これもってて」
声をかけられて見上げた。逆光で顔が見えなかったけれど、同じ制服ということだけはわかって、差し出された手の中にあったきんちゃく袋を受け取った。
それは懐炉で、凍えた指先がジワっと痛いくらい暖くなった。
「さんきゅ、しばらく預かってて~」
多分この気安さは、同じクラスだろう。私は顔を覚えられない性質だけど、相手はきっと私を知っている。だってすごくフレンドリーだ。同じ委員会かもしれない。有難く、抱きしめさせてもらう。
でも、たぶんこの子が、おじさんを投げた。投げたんだろうけど、誰もその現場を見てないから、ポカンとしてる。え、普通に可愛い女の子なのだけど。
すごく暑そうにしていて、「のどかわいたあ」と呟いた。
「あ、じゃあ」
さっきお昼御飯用に買ったばかりの冷たい、紙パックのリンゴジュースを差し出した。
「え!すきなやつだ」
「そうなの?よかった!」
相手は、たぶん笑顔で受け取ってくれた。
声が弾んでて、嬉しい。
「転校初日に、こんないい人と逢えてよかった!」
「え!?」
「え!?どした?熱かった?」
「ううんううん、なんでも!!」
知りあいじゃなかった~~~!!!!!!
すごいなつっこい人なだけだ!!!!
顔と名前がわからないのが災いして、普通に話しちゃってたけど、これで先輩だったりしたらどうしよう。
おじさんが起き上がった時、最寄り駅についた。「来て!」女の子に手を握られて、ふたりであわてて、駅のホームに飛び逃げる。
「何年?私は一年の、
「わ!同じ一年だ!よかった~!!!わたしは、
「みすず」
「うん、恵麻!よろしくね」
あ!ちがって、違う、下の名前でよびすてなんて軽々しくごめん。走りながらあわてて、否定のように手を振った。
「違うの、美鈴って、妹の名前で、同じだと思っただけです、椿さん」
「え~!いいよ、下の名前のほうが。でも妹さんと一緒かぁ、そしたら、恵麻が面倒?」
「確かに、妹がよぎる」
「妹いくつ?」
「中3!姉のことはムカつくおきものと思ってる節があって、いつでも踏みつけられるの、でもかわいいよ」
「うける!」
椿さんは、おもいっきり笑って、はしゃいでいる。これは転校生ハイなのかな?でも、きっとクラスに着いたら、一軍に入りそう。朝の太陽が、椿さんの姿を輪郭づけていく。
大きな瞳、綺麗な肌。肩までの色素の薄い髪はサラサラとして、剛毛三つ編みの私とは大違い。
「じゃあさ~、恵麻が私のあだ名、つけてもいいよ!」
「え!」
「恵麻だけの特別な呼び方、まってるぜ」
「な、なにそれ」
ドキンと心臓が鳴った。びっくりした。
急に特別な何かになれた気がして。
「考えとく」
明日には椿さんが、忘れてそうだけどと思いながら、笑った。
その瞬間、私と椿さんは、駅の階段から落ちた。落ちながら、もつれ合って、唇が、ぶつかった気がした。
そして。
「いてて」
「いったぁ……ん?あれ?なに、鏡?」
目の前に、自分の顔があって、驚いた。
「恵麻?」
「椿さん……?」
私たちは、心が入れ替わっていた。
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