プロローグ
正午過ぎ、裸の男と中年の男がもみ合っている。
「どけ」
中年男の視線の先には、怯える裸の女。裸の男は体全体で中年男を押さえつけている。
「そいつを、しつけてやらにゃならん」
血走った中年男の目。裸の男の腰が引けると同時に、その体が壁に強く叩きつけられ、鈍い声を絞り出す。中年男が手を離せば、力なく崩れ落ちる男の体。
「親として、しつけてやらにゃなあ」
女の方を見る男は凄絶に笑う。女はのろのろとした足どりで台所へと後ろ歩きする。中年男は女との距離をじりじり詰めていく。
程なくして背後の水場に追い詰められた女は、震える後ろ手で棚の中を探る。中年男はニヤニヤしだす。女は取り出した包丁を中年男に向けた。
「刺せるんか、お前に」
問いかけに、歯を噛みしめる女。
「そうやって、何度も包丁向けて、最後は俺の腕の中だ」
誘ってるんか? 尋ねる中年男から目を背ける。指先からも力が抜け、フローリングの上に金属音が鳴り響いた。
「いい子、だ」
中年男が舌なめずりをしながら距離を詰める。女がギュッと目を瞑る。
中年男の後頭部に、一升瓶が叩きつけられた。前のめりに倒れる中年の背後には、裸の男が立っている。呆然とする女の前で、
「何してくれるんじゃ、こんガキ」
立ち上がろうと腕に力を入れた中年男性の後頭部に再び一升瓶。三度、四度、五度……
最初は力強かった罵倒は次第に哀願に変わり、最後は物言わなくなった中年男だったものが残される。
肩で息をする裸の男は、中年男が動かないのを確認してから一升瓶を離そうとしたが、指に籠もった力が抜けないらしくなかなか上手くいかない。
女は瞬きをしないまま、男を見つめていたが、
「人殺し」
震える声で告げる。
男の手から一升瓶が落ちた。その男の体を女は抱きしめる。
「一人にしないで」
人殺し ムラサキハルカ @harukamurasaki
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