18 高円寺
「プロのバンドの人って、すごいわね!」
「そだね!」
その後、もうひとつ別の小さな公園まで歩き、コンクリート製の丸椅子に、
「よっこらしょ!」
「よいこらしょ!」
と――年寄りか!――背中を向けて座り込むと急に気力を失い、ぼくたちは感想を述べ合う。
「ステージじゅう駆けまわってるし、実際の距離数はわからないけど、きっと、ぼくたちのテクテク歩きよりは体力使ってるだろうしさぁ」
「そだね!」
疲労度は、きっとディーの方が上だったろう。だって本日デヴューしたての――ド素人だけど!――歌手で、しかももしかしたら本物の歌姫(Diva)なのかもしれないからだ。
「本日は店じまいにするわ。あの人たちも、別段急いでいないみたいだし……」
「賛成」
ぼくが呟く。
ディーが首をキョロキョロと動かしている。だから、ひとつ前の発言の意味がわかる。
「大勢いるわけね」
「全然多くはないけど、どこにでもね」
そういうものなのだろうかとも思うが、深く考えないことにする。でも、ため息くらいは吐きたくなる。
「もっと曲作らなくちゃいけないわね! それに」
と、ぼくのお腹に手をまわして突付くと、
「腹筋! キミくらい欲しいわ」
「見てくれならEMSって手もあるだろうけど、実際にはどうなんだろうね?」
「さあ? ……でも歌いたいなら、やるしかない……のね」
しかし単純運動に気乗りはしないようだ。
「努力できるのは才能だわ」
「その通りだけど、好きなことなら苦にならないよ。腹筋をメインにしなくたって、歌い方を工夫して、歌うことで腹筋をつければいいんだ」
「それって靴紐を引っ張って、また引っ張って、そして引っ張って、引っ張って、どんどん空に昇っていく理論みたいだね」
「それとは違うけど、最終的には同じだと思うよ、結果は……。急がないんならさ」
「そだねぇ」
会話だけ交わして、身体は動かさずにじっとしていたので、しばらくすると動けるような気がしてくる。本物のアマチュアバンド・ヘビメタ系の格好をしたお兄さんとお姉さんが公園前の道を通り過ぎて行く。高円寺だもんね。お婆さんやお爺さんも通り過ぎて行く。公園の家を隔てた向こう側に延びる通りが庚申通りだもんね。それから自転車に乗ったセーラー服の女学生も通り過ぎて行く。が、彼女は土地柄とは関係ないか? 残念ながら世界中が平和というわけではなかったが、ここ、高円寺北近辺は長閑な休日の空気に満たされているようだ。
「あっ、これ、いいなぁ……」
帰りがけに楽器屋さんの前を通りかかったとき、ローランドの持ち運び可能なベーシック・シンセサイザー(中古)を見て、ディーが声を発す。振り返って、ぼくが首から提げた子供用のエレピを見て溜息をつく。
「傷アリでこの値段かぁ? でも、わたしたちには高いよねぇ」
「未熟者には贅沢品だよ」
「弘法じゃないから道具は良い方がいいのよ」
「まぁ、それはそうだけど……」
そんな会話をして帰路につく。
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