17 想い
次に、ぼくたちを受け入れてくれたのは、ディーによると、昔の若者(男性)だったようだ。畑の横の道端に佇んでいたのだ。そして、ぼくたちの曲が終わっても、天に昇って行ってくれない。
「歌詞付きの曲はないかって訊いてるけど……」
困ったようにぼくの方を盗み見、ディーが口にする。
そのときまでに一応完成していた楽曲は他に二曲あったが、いわゆる歌詞があって歌えるのは『さわがしい真空』だけだったので、
「ちょっとだけ練習させてください」
「あ、わたしも歌詞カード見なきゃ!」
と、その場でコントみたいな二人のやり取りがはじまる。
「ええ、そうですか? はい」
と若者に説明を聞いてディーが納得すると、ぼくに、
「もう三十年以上も待ってるから全然構わないって慰めてくれたわ」
と告げる。
「そういわれてもねぇ」
道端なので人は集まってこなかったけれど、通り過ぎる人たちに好奇の目を向けられながら、ぼくたちはあたふたと楽曲演奏の準備をする。最終的に十分以上かかってしまい、でもそこまでで区切りを付ける。最初は恥ずかしかったけれど、そのうちに厳粛な気持ちになってくる……って、ポップがそれでいいのか?
「では、はじめます!」
ディーが宣言。
さわがしい真空
グラグラ揺れる昨日の街で
耳を真っ赤に凍えています
クラクラ惑う昨日の街で
紫色の唇を噛み
機関車が鐵(てつ)を軋(きし)らせて、土砂崩れに飲み込まれ……
そして、わたしの胸を真っ青に割って、跳んでいった!
グラグラ揺れる明日の村で
耳を真っ赤に火照っています
クラクラ惑う明日の村で
鬼灯(ほおずき)色の肌を晒して
旅客機が鐵(てつ)を軋(きし)らせて、乱気流に飲み込まれ……
そして、わたしの胸を真っ青に割って、跳んでいった!
そこまで歌うと間奏のとき、
「あれっ?」
とディーが囁く。
「ウソみたい。ドラムとベースが聞こえてきた」
「へっ?」
そして――
その先は何もない虚無なのか?
電磁波 溢れる、さわがしい真空か?
北から南へ、春から秋へ、跳べ……
音自体は聞こえなかったが、ヴァイブレーションみたいなものは、ぼくにも感じられる。
じゃ、このヒトの想いは、もしかして……
グラグラ揺れる常世の端で
耳を真っ赤に喚(わめ)いています
クラクラ惑う彼岸の先で
橘(たちばな)色の腕をまわして
軍艦が鐵(てつ)を軋(きし)らせて、大津波に飲み込まれ……
そして、わたしの胸を真っ青に割って、跳んでいった!
その先は何もない虚無なのか?
電磁波 溢れる、さわがしい真空か?
西から東へ、冬から夏へ、跳べ……
その先は何もない虚無なのか?
電磁波 溢れる、さわがしい真空か?
膜からイオンへ、夢から果てへ、跳べ……
曲が終わると晴れ晴れとした表情で、その人はディーに、
「ありがとう!」
と告げたらしい。だから、
「いいえ、どういたしまして……」
とディーとぼくは旅立っていったその人に向かい――まぁ、ぼく自身は方向はわからなかったけれど、ディーの見上げる方向を同じように見つめてから――深々と頭を下げて感謝する。
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