スターターピストル
千羽稲穂
どんっ!
スターターピストルが撃たれた。
だが、私にはその音は届かない。
グラウンドのトラックは二本しかなく、隣には同級生の男子と並び立っていた。私はその場に留まり、駆けていく男子を見送った。先には50m走の計測員がバインダーを持って待ち構えている。担任の先生がピストルを下ろしていた。
なぜ私はあの男子と走らされなければならないのだろうか。周囲の視線を一身に浴びて走る姿は滑稽だった。
「どうしたんだ」
と、スターターピストル片手に先生がスタートラインに駆けて来てくれた。
私の着ている、ダサい体操服。袖に赤いと青のラインが通っている。上着を着ればまっ青で、ドラえもんみたいだ。
こだわりだしたら動けなくなった。
もともと私はこだわりが強く、服はボタンがあれば着れないし、登校の道は同じ歩数で行かなければならないし、ルートを変えるなんてもってのほかだった。
昔からある謎のこだわりは、だが、周囲は理解してはくれなかった。融通が効かない、頑固、と罵られ、別に良くない、と疑問を持たれてきた。だが、虹の色は七色だとこの国で決められているように、私の中でブレられない基準があった。
しかし、早く走り出さなければならないことなんて分かっていた。授業は1時間しかない。50m走は計測されなければならない。あとに控えているクラスメイトもいる。みんな待っているのだ。
私だって、こうしてみなの視線を浴びたいわけではないし、私に苦労している人がいるのを知ってる。なにより白い目で見られることは好かない。
後ろの人も、待っている。早く走りたい、うずうずとしている感情は私だってある。
「ひ、ふ、」言葉をつっかえつっかえに私は、「少ない、人と、走りたくない」と主張した。
担任は「わかった」とすぐにきっぱりと言いのけた。
その途端、私はこの人は私のこだわりを理解してくれたと胸がすいた。
担任は全員に集合をかけて、計測係だけを残し、私と共にクラス全員、プラス担任で並び立った。みんなは走る気マンマンだ。
「これで恥ずかしくないだろ」と担任は両目が閉じかけたウィンクをした。そうして、「ピストルが鳴ったら一斉に走るぞ」と声をかけた。
よーい。
遅れて私の耳に音が届いた。
スターターピストル 千羽稲穂 @inaho_rice
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