第2話 突然始まる性教育




 すぐに、学園内でも重要な役職を任された者たちが集められ、緊急会議が開かれた。


 生徒会室に集うのは、十代後半から二十代中頃といった年代の女性たちばかりだ。ほとんど少女といっても差し支えない面々である。


 学園にはもっと年齢の高い女性たちもいるが、そうした女性たちはそのほとんどが「平和な時代」に何かしらの知識・技術を身に着けており、それらを扱った重要な役職を務めている。まともな教育を受ける余裕もなかった少女たちを導く立場にあり、いわば「先生」のような任を負っているのだ。

 必要があれば会議に出席することもあるが、よほどのことでもなければ学園の運営は総長をはじめとした若い世代に委ねられている。


 よほどのこと――緊急会議もそうした状況でなければ招集されないものであるが、今回は情報をなるべく広げたくないという判断のもと、各部のトップたちのみが集められている。


 すなわち、全生徒を束ねる生徒会総長・結狩ゆうかりミキサ。

 保健室(医療部門)トップの凛堂りんどうチエル。


 他に、学園内外の警備を務める風紀委員会、医薬品や機材の研究開発を行う科学部、物資の管理や人事などを扱いそれらの広報等を担う新聞部、そして幼児たちの世話や人々の心のケアを任された教会から各一人ずつが代表として席に座っていた。


 片喰かたばみヒナタが妊娠した――その事実が発表されると、彼女たちも皆ミキサと似たり寄ったりな反応を示したのだが、


「ありえん。……想像妊娠じゃないのか? あるいは……ゾンビとせいしょく――ゲフンゲフン、接触し、感染したのでは?」


「これはあれですね、ついに人類が単性生殖を可能とする進化を遂げたということです……! サメだかシャチだかのメスは、オス無しで子どもをつくれるというデータを以前どこかで見たことが!」


「いいぇえい、これは宇宙人の仕業に違いありません! カタバミさんはアブダクションされて宇宙人のタネを植え付けられたに違いありませぇん!」


「みなさん、静粛に。これは神の奇跡です。片喰さんは神の子を宿した聖母となったのです。おお、ついに神は我々の前に救いを授けてくださった……!」


 ……その反応は三者三様だった。


「神の奇跡ぃ? あらゆる宗教はみんな宇宙人由来なんですよぉ。ていうか、まだ『こうのとりさんが運んできましたぁ~』って言われた方がワラって感じですけどもぉ?」


「あら、通常の妊娠は愛し合う男女の元にこうのとりさんが赤ちゃんを授けてくれるものですわよ? しかし今回は神の奇跡です。きっと片喰さんの夢枕に天使が降臨されたことでしょう」


 新聞部の軽部かるべユウコと、教会のシスター・蓮辺はすのべマリーカのやりとりに頭を抱える「大人組」である。凛堂チエルと風紀委員長の喜久井きくいアズサ(23)だ。


「まず前提として、『妊娠』のメカニズムについて確認しておいた方がよさそうね……」


 そうして、突発的な性教育の授業が始まった。


「ざっくり説明すると、男性の分泌物が女性の体内に入ることで、『妊娠』するのね」


「ぶんぴつぶつ……、なんだか気持ち悪いですわね。入るんですの? どんなものが? どこに?」


「ワクチンの接種と同じ理屈ですね! 我々も、ゾンビに噛まれながらも感染せず抗体を獲得した総長の存在あってこそ、なんとかここまでこれた訳で、総長の分泌物で生き長らえたようなもの! つまり間接的な、妊娠……?」


「総長は女子だ。それから凛堂先生、ホワイトボードで図説しなくて結構。早く本題に入りなさい」


「先生! 質問でぇす」


 と、新聞部の軽部ユウコが挙手する。


「その分泌物はどのようにして体内に入るのですか? にやにや」


「軽部さんには後で新ワクチンの被検体になってもらうわね。極太のお注射をプレゼントしてあげる」


「それは何かの暗喩ですかぁ? 総長由来の抗体をお注射しちゃうんです?」


「話を戻すけど――妊娠すると女性はお腹が膨らんで、やがて出産、子どもが生まれるの。そうやってこれまで人類は数を増やしてきた」


「少子化だなんだと騒がれてはいたけどな」


 と、青春時代に平和を謳歌していた大人組が語る。


「……もう十年くらい平和な時代が続いていれば、もしかしたら科学の力でどうにかなったかもだけど、現状、男女のそうした『愛し合う気持ち』がなければ子どもは生まれない。だから、男性が絶滅してしまった今、これ以上この世界で人類が増えることはないの」


 にもかかわらず――


「やはり神の奇跡では?」


「神だの宇宙人だの、君たちはもっと現実を見るべきですよ! 宗教の必要性というのは認めるけどね、神を持ち出すならこういう神話があります。ザ・ローマの建国神話。神殿に軟禁状態にあった巫女が、神の子どもを身ごもったという。しかし王はそれを認めなかった。現実的に考えて、巫女がどこぞの馬の骨と姦通したと考えたんだ。……カンツウっていうのはあれですね、注射をぶっ刺したという意です。つまり、神の奇跡の実態なんてそんなもんなんですよ」


「冒涜です! 初雪はつゆきさん! それは神に対する冒涜ですよ!」


「ていうかぁ、世界は今ゾンビパニックなバイオハザードな訳で、宇宙人が出てきても全然不思議じゃなくないですかぁ?」


「おい三人とも、いい加減にしろ」


 風紀委員の一喝で会議室は静けさを取り戻す。年長者には逆らえないのだった。


「でも喜久井先生……凛堂先生の言う通りであれば、神の奇跡以外に我々が子どもを授かるすべなどありませんですわよ?」


「確かに、ありえないことが起きている。しかし、実際問題起きてしまった以上、考えられることは一つだ」


 この学園の中に、男がいる――


 喜久井アズサの言葉に、少女たちが黙り込む。


 彼女たちにとって、「男」といえば理性のないゾンビも同然だ。それ以外には知らない。

 彼女たちも人の子である以上、母がおり父がいたはずなのだが、この学園の少女たちの大半がそうであるように、この場の面々も物心つく前に両親ともに失っている。父親という男性の存在についても記憶にないのだろう。


 男といえば、怪物。そのほとんどが顔に傷を負い腐敗し、もはや自分たちと同じヒトだとは思えない形相をしている――そんな存在と「愛し合う」なんて、おとぎ話を通り越してもはやホラー、宇宙人にアブダクションされたと考える方がまだ精神衛生上、都合がいい。


 学園の中に男がいるかもしれない。その可能性は、まさに緊急会議を開くに相応しい議題だったのである。



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