アンノウン・マジック
高遠みかみ
アンノウン・マジック
メンリー・グラフィッシュ・ロロは道に小便を撒き散らしながら、真昼の太陽の下を全裸で駆けていた。髪の抜けきった頭頂部からは湯気が出ており、蒸気機関車を彷彿とさせた。
それを見たホホニク・ホロホットムシシアンは薬のやりすぎだと思った。近ごろ村は快楽物質を脳内に生じさせるドラッグが感冒よりも流行っており、しかも服用者のほとんどは年端もいかない子どもばかりだった。フラクク村の村民、とくに母親は大いに困った。暴れさせないための対策として、息子のペニスに泥水を浴びせ尿道炎を引き起こすことで、家の床に転がらせる方法を取っていた。しかし、これも問題の先送りにすぎない。
そんな折、村にマジシャンがやってきた。大人は懐疑的な目線を向け、子どもは寝転がって見物した。奇術師はさっと黒いマントを翻し、どこからともなくトランプカードを出現させた。一瞬ざわめいたが、まだ驚くほどではない。ユリーフ・フフランカ・メメモーは、じぶんのぶよぶよとした腹肉のすきまから木の実を取り出し対抗した。トランプのクイーンとマジシャンはにっこり微笑んでいる。
マジシャンはスペードのエースをみんなに見せた後、山札に入れた。カードの背を指でノックする。マジシャンの手がカードを扇状に広げると、先ほど見たスペードのエースが、50枚のカードすべてに印刷されていた(なぜ52枚ではないかというと、ムラソトが2枚食べてしまったから)。砂の地面の上だったのでカードはぼろぼろになったが、マジシャンは満足そうだった。
それからもマジックは続いた。スプーン曲げ。手のひらを貫通するコイン。シルクハットから鳩。これはプレゼントされたので毛をむしり焼いた。
腕時計がジリジリとアラームを鳴らした。性別不詳のマジシャンはマントを脱ぎ、じぶんの体を他に見えなくした。一瞬の間を置き、マジシャンはマントを残して消え去った。ブルルマン・ホドフィードはその偉大な布を身に着け、立派な魔法使いになることを誓った。
魔法を使いたい大人たちは練習を重ねた。しかし、うまくいく気配はない。それもそのはず、だれも手品のタネを知らず、タネがあることも知らないからだ。それでも村民は熱心にマジックを習得しようとした。ここでツムリル・リットパッドが声をあげる。
「魔術にはなべて秘密があるのではないか、諸君」
意見に感心した大人たちは、かつてのマジックを思い起こした。数年の修行を経て、彼ら彼女らは、遂にマジックを習得した。
スマートフォンでネット配信を見ていたグロールグロール・モトリオーン婆は、全員に手品番組のオーディションが近々開催されることを声高に伝えた。みなは奮い立ち、さらに鍛錬を重ねた。子どもたちは死にかけていたが、それどころではなかった。
村民らのうち、もっとも魔法が上手い19人が都市へ向かった。途中、ゴミ捨て場から一般的な服を盗んだ。翻訳係のセレスティアル・ドナウッウは案内係も兼ねていたが、彼女は外国語を文字でしか知らなかったため苦戦した。しかし語学の天才であったため30分で悩みは尽きた。
無事、テレビ局へたどり着いた村民は、受付で番号をもらった。ふかふかの椅子に座っていると、舞台裏に通された。たくさんの見たことのない小道具、大道具。水槽や断頭台のようなものまであった。しかし、村民の自信は揺らがない。
やがて出番が来た。18人(途中で一人死んだ)が舞台に上がる。観客がいないため、ふつうよりも大きく見える会場。その最前列にいくつかのテレビカメラと審査員の3人。
「では、マジックを見せてください。僕らに見破られた時点でおしまいです」
最初はグロク・ミシシュー・ジュラインの出番だ。彼はスプーン曲げを披露した。審査員は思わず大笑いした。
「いまどきそんなことをするやつがいたとはね。もういい、不合格だ」
「では、どうやってこの魔法をしているかわかりますか」
審査員のひとり、封魔独歩が舞台に上がってきた。
「ほら、目の前でやってみせろ」
スプーンがぐぐーっと曲がる。
「ではこのスプーンなら?」
スプーンはぐねりーっと曲がる。
「え……」
封魔独歩は後ずさり、舞台から転落し失神した。曲げろと言われたスプーンはさらに100の折り目をつけた。
次に出てきたのはレンキュー・フットモロロンだ。トランプマジックを披露した。今度はもうひとりの審査員であるミシシッピ・ネイションが声をかけた。
「そのカードは仕組まれている。この新品を使いたまえ」
トランプはすべてキングになり、クイーンになり、ジャックになった。自由自在だ。
「どういう了見だ、これは」
驚いたことに、本人は数字もマークの意味も理解していない。ミシシッピは舞台からひっくり返り、神を失った。
次はコインマジック。手のひらを貫通した。切断マジック。指がまっぷたつ。耳が大きくなるマジック。小さくなるマジック。伸びるマジック。縮むマジック。明日になるマジック。昨日になるマジック。電気が発生するマジック。交霊マジック。死んで生き返るマジック。
最後の審査員はにこにこと笑って、すべてのマジックを見終えた。その笑顔には見覚えがあった。地球すべての記憶を持ったアズサレン・ポポモ・ブラブラボは、あのときのマジシャンであることを看破した。村民は先生、先生と駆け寄った。
「すばらしいマジックでした。でも、どうしても魔法のタネがわからないんだ。特別に教えてもらえないだろうか」
頭を下げられたら、彼らも明かすほかない。代表してグリッタ・モッタ・レスキューゼンが発声する。
「超能力と科学、そして身体改造です。スプーンは空気を歪ませて圧力をかけました。トランプは科学技術で、指先を当てると好きなマークに変換されます。コインは手のひらに穴が空いているので、そこを通ります」
師匠たるマジシャンはぼうっと聞いていたが、やがて口を開いた。
「マジックはアイデアと技術だ。きみたちは立派な魔法使いさ」
村民はぱあっと明るい顔になった。
「さあ、次はテレビだ!」
謎のマイナー村からやってきたマジシャン集団は多くの耳目を惹きつけた。村民は一気に名声と資本を手にした。有名なMCがインタビュアーとして、村民に質問した。
「お金はどのように使いますか?」
パッパヤッガ・プルルーホホン・ミッ・ルルルースカヤガガロッド・エヲウェオ・アガナーアガナーミットルット・ボボンヤーゴフェル・デデデルルルフエンエス・クルルヤッハナメタコンテは即答した。
「子どもたちのために、ドラッグを買い込みます!」
アンノウン・マジック 高遠みかみ @hypersimura
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