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 蓮蛇池の名はある逸話に由来する。

 もともとこの池は湧水が溜まる最初の場所だったらしい。その一角に古人が蓮を植えた。清い池に浮かぶ蓮は黒い水面みなもに薄桃の花弁を映し、陽に温められた白が可憐で見事だったという。ある日、その傍らに一匹の蛇が現れた。

 頭は小ぶりで、褐色のつやつやした鱗を纏い、光を映すとやや緑か青みがかっていた。おそらく青大将の子どものような感じだろう。その蛇はするすると音もなく蓮に近づき、葉に溜まった露を舐めた。

 すると蛇はたちまち頭をもたげたと思えば、赤い舌をちらちら震わせながら池の中に落ちるように飛び込んでいった。蛇はそれから昇ってこない。波紋も次第になくなり、元の凪いだ蓮池となった。

 あまりに奇怪だったため、訝った住民は蓮の葉に残った露を集めて舐めてみた。するとどうであろうか酒だったのである。蛇が舐めた故かはともかく、この一件ののち、街は酒場として栄えるようになった。いつしか池の近くには蛇を祀る神社が建てられた。今では過去の賑わいは片鱗もない片田舎だが、神社だけは小さな森に囲まれて存在し続けている。

「だけどいつからか、なぜか雨ばかり降るような時期が続いたらしい」

 休憩時間にネット記事を読みながら一蕾が言った。

 逸話では、その雨の原因は蛇を祀る慣習が廃れたからだとされていた。だから再び信仰を取り戻した街の天気は元通りになったという。いかにも土俗的な話だが、いくらか現在の状況に通じないでもない気がするので、一笑に付すのも気が引ける。だからといって関連性は曖昧なので歯がゆさが残る。

 部活はいつものように和音の合わせで締めくくられた。譜面台を片付けながら、奉納される備蓄水について私は話した。すると遥香も似たような状況らしかった。

「でもね、兄ちゃんが勝手に飲んじゃったの。そしたらお祖父ちゃんがもうかんかん。『お前は人でなしか』とか怒鳴りながら、兄ちゃんにもう一本なんとか買ってこさせてた」

氏子うじこだかなんだか知らないけど面倒だなぁ。僕の家もきっと用意してるんだろうけど、たぶん勝手にやってるんだろうな」

「祭りの日に奉納だっけ?」

「陽音がそう言ってた」と、私は水筒を傾けた。

 神社の祭事は町会が関与している。今月の代表は陽音の家だったから彼女はよく知っていた。例年はこの時期に祭りはないが、今年は急遽催されることになっというのも陽音から聞いた。

「あぁそうか。じゃあ今日、私も一緒に帰っていい?」

「いいけど、一蕾は?」

「そうなったら僕も行くだけだな」

「そうですかぁ」

 私はこれ見よがしにうんざりした風でため息を吐いた。

 陽音は錆びた校門の横で待っていた。早速祭りについて尋ねてみたが、彼女も逸話に関連したことについては詳しく把握していないようだった。

「でも叔父さんたちの話を聞いている限り、そんなに切羽詰まった感じでもないみたいだけれど。むしろ楽しむ気満々よ」

「じゃあなんで遥香のお祖父ちゃんは激怒したんだろうね」

「さぁ。信仰心の違いかしら?」

「僕だって大して信じちゃいないけどね」

「だから一蕾には知らせてないんでしょ」

「もっともだ」と、一蕾は腕を組んで大仰に頷いた。

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