第7話 日常

 翌日、私はドキドキしながら教室の扉を開けた。昨日の騒動もあるけれど一番は私がこのクラスでどう受け入れられるか、もっと言えばいじめの件を話したことでみんなから避けられないかが不安だった。

 けど、どうなろうとそれが私の選んだ道で、今までよりもずっと気持ちよく、のびのび生きていける。


 そんな私を待ち受けていたのは……


「おはよ、愛生」


 やっぱりいつものみんなで、昨日のことが何もなかったようにいつも通りの挨拶をしてくれた。だから私も、いやきっともっと理解し合えた関係になっている。


「おはよ、みんな」


 それから私たちは集まっていつも通り他愛もない会話を繰り広げた。

 こそっと盗み見るといじめをしていたグループの子たちはクラスにはいなかった。


「あの」


 ぱっと声のする方に視線を移すと、昨日の彼が立っていた。少しおどおどしていて、緊張しているようだった。


「なに?」

「昨日は助けてくれてありがとう」

「ううん。私は何もしてないよ」


 そうして私は本当のヒーローに目を移して言った。


「彼の、河上君のおかげ」


 彼ははっとしたように、もう一度私たちに頭を下げてからすぐに河上君の方へと走り出した。


「ちょっと愛生、河上と何かあるの?」

「駆け抜けか?!」


 とみんなが囃し立ててきた。やっぱりこういった話には敏感なようだった。


「秘密」



※※※



「それでお母さん、そのサンドバッグ? の人はどうなったの?」

「そうね。その人は今まで助けた人から感謝されて、同時にその女の子にもとても感謝されてたの」

「そうなんだ。かっこいいね、私の学校にもそんな人いるかな?」

「どうだろうね。でも、美香がかっこいいと思える人を見つけるのが大事なのよ。それから、美香も彼みたいにかっこよくならないとね」

「うん!」


 私は美香の頭を優しくなでながら布団をかぶせた。


「じゃあ明日も朝早いし、もう寝なさい」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」


 そう言って眠る娘の頭をもう一回なでて、規則正しい寝息が聞こえたのを確認してリビングに向かう。


「もう寝たの?」

「うん。とっても気持ちよさそうに眠ってるわ」

「よかった。で、何のはなし?」

「別に。ただ、昔噂になったサンドバッグ人間の話かな」


 と軽く微笑した。

 彼は「なんだそれ」と少しだけ微笑む。


「じゃあ今度は僕が話さないとね」

「ん?」

「一人のとてもかっこいい女の子の話」

「ふふ。もう忘れて」

「いや、僕はあの瞬間に君に一目ぼれしたから」


 彼は少し恥ずかしそうにそう言った。高校の卒業式に告白をしてくれた当時の顔のまま、君は少し赤い顔でそう言った。

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サンドバッグ人間 @asagao_01

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