第2話 遠い記憶

 小学2年生の夏、蝉が一際騒がしく鳴いていた日だった。彼は都会から転校して来た。

彼が教室に入って来た時の衝撃は凄まじかった。

アヒルの面を被り、慣れたように淡々と自己紹介をする。

彼の面は、焼いた卵白のように白い肌でそれに映える黄色い口ばしが頬の辺りまで緩やかに広がっていた。

特に印象的だったのはその目だった。彼の目は光が入っておらず、どこを見ているのかどこから見えているのか焦点すらわからなかった。

その目は無機質でぬいぐるみに縫い付けられたプラスチックの目であるかのようにも思えた。


「最近引っ越してきた、小柳幸雄です。よろしくお願いします。」

彼は窓側の前から2番目の席に座った。

教室の友達は転校初日から彼の不気味な面とその佇まいを見て怖がってしまった。


そんな中、初めに彼に話しかけたのは幼馴染のりこだった。りこが彼にオセロをしようと話しかける。

僕はりこを取られたような気がして、何やってんだと話に混ざったのは覚えている。

話している内に普通に僕らとなんら変わらない男の子だという事がわかっていった。

少し気になったのは彼は笑う時、最初は普通に笑うがテンションが上がると笑う途中で「グワァわぁ」と言う癖があった事だった。

僕とりこはお面の事もその変な癖について聞こうとは思わなかった。


 幸雄くんの家は僕達の家の近所であったため、毎朝一緒に登校をした。

登校する道の途中に竹林があり、よく竹の笹で笹笛を作って遊んでいた。

僕は竹の新芽を取り、笛のように音が鳴るかを試した事があった。始めは音が鳴りそうだったのにスカーっと音が抜ける音がする。

絶対音鳴るから!とリコに言い張り何度も息を吹く、そんな様子を見て僕の意地っ張りな姿がよほど可笑しかったのか彼は変な癖を出しつつ笑っていた。

 そこから3人で遊ぶようになった。

放課後は空き地に集まりカードゲームをした。

僕は地べたに座り、カードゲームを知らない幸雄くんに輪ゴムで止めたカードの束を地面の上に広げ教えながら遊んだ。

カードは毎回砂利でジャリジャリになったが、面白そうに僕の話を真剣に聞く幸雄くんの様子を見るとそんな事は気にならなかった。

その後に、僕と幸雄くんのカードゲームに付き合わされたりこが痺れを切らして鬼ごっこや海岸でカニや貝取りして遊ぼう、と言ってくるのが毎回の流れだった。


 特に覚えてるのは夏休みに入ったある日、僕はりこと幸雄くんを誘って虫取りに出かけた事があった。

都会育ちの幸雄くんに自由研究がてらヒラタクワガタを捕まえて自慢したいと思い立っての事だった。

親にホームセンターで買ってもらった水色と黄緑色の虫取り網と虫籠を持っていつもの空き地で待ち合わせをした。

数時間、神社の木を見て回ったりしたが見つかるのはカナブンやアゲハチョウ、たまにコクワガタのメスがいるくらいだった。

あまりにも見つからないので、大人達にはイノシシが出るから入ってはいけないよと言われている竹藪の奥の森に行く事にした。

りこが「やめておこうよ」と言ってくるのを聞かずに草木を掻き分け僕は入っていった。

竹藪を抜けるとそこには広場のような木が生えてない場所に出た。

僕は2人が怖がっているのを見て、場を和ませようと「いた!捕まえろ!!」と言い、後ろから幸雄くんの頭に網を被せた。

流石にやり過ぎたかなと思ったら、「やったな!グワァわぁ」と言いながら彼もやり返して来た。そこでしばらく追いかけっこをしたのを覚えている。

夕方になり結局ヒラタクワガタを見つける事は出来なかった。

帰り道は竹藪の方の道ではなく遠回りにはなるが高台から夕陽が見える道を歩いた。

「ヒラタ、結局見つからなかったね」りこが言う。

「仕方ねぇって、いない時はいないから。」

「りこちゃんいいんだ、もの凄く楽しかったから。こんなに楽しかったのは生まれて初めてだよ。」

「そんな大袈裟な。いつでも虫取りなんかできるじゃんかよ。」

「そっかぁ、また遊べたらいいなぁ。」

「何言ってんだよ、ヒラタ見つけるまで終われないからな!」

「また誘ってくれるの!?」

「しらねっ、いくぞ!!」

「もちろんだよ!幸雄くんまた遊ぼうね!りょうちゃん!ほら幸雄くんとまた遊びたいんでしょ!?ちゃんと言って!」

「……幸雄!また探しに行こうな!」

「うん!!行く!ありがとう!!」

そう話した時夕陽に照らされ逆光になり見えなかったが、幸雄くんの面が一瞬無くなったような気がした。



そう話した1週間後秋学期が始まった。

僕は幸雄くんをまた虫取りをしに誘おうと思って登校したが、幸雄くんは転校してしまっていた。

どうして忘れていたんだろう。

懐かしそうにスマホで写真を見るりこを横目に見ながらあの夏の日の事を思い出していた。

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