ダックダックダック

月音うみ

第1話アヒルになった僕

 高校に僕が入学して数ヶ月経ったある日のこと。僕は目が覚め、いつものように洗面台に顔を洗いに向かった。鏡を見るとそこにはアヒル男がいた。正確に言えばアヒルの面を被った僕なのだが。

僕はついにこの日が来たかと思った。アヒルの面が自分の顔に貼り付いている事に関しては何も知らない普通の人よりかは冷静だったと思う。

なぜなら僕の周りにはちらほらとアヒルの面をつけた人間がほんとたまに居たからだ。

 きっかけは覚えてないが初めてアヒルの面を見てから、それが見えるようになってしまった。

何かが可笑しいと認識できたのは、正月に久しぶりに会った親戚のおじさん家族と会った時の事だ。

息子のたかくんは当時、僕より6歳年上の高校生1年生だ。その彼の両親が2人とも面を付けていたのを覚えている。

にこやかなおじさんがあの無機質で表情のないアヒルの面をつけて笑っていた事が怖かった。

何より表情がわからないだけでなく、醸し出す雰囲気まで別人になっていたからだ。

あまり良い記憶ではない。


 アヒルの面が見えるのは僕だけではない。

僕の幼馴染である。りこもその1人だ。

朝早くから久しぶりに幼馴染に連絡をするのは少し躊躇したが、不気味な面をどうにかしたいと思う一心で僕はりこに連絡を入れた。


 りこの高校の近くのコンビニ前で待ち合わせをする。

登校前の時間帯であるため、コンビニの前を僕とは違った制服達が歩いていく。

りこがスマホを片手に歩いてくるのが見える。

一瞬だけこちらを見たような気がしたが目線が僕を通り越していく。

「りこおはよ!急にごめん!僕だよ!」慌てて声をかける。

りこはへ?とした表情で僕を見る。

「りょうちゃん!?それ!顔どうしたの!?あれじゃん!」

「朝、顔洗おうとしたらね…笑」

「びっくりしたよー、面の人誰かわからないからさ笑。久しぶりだね!りょうちゃん!メール見たけど、とりあえず私しか見えないから大丈夫なんじゃない?学校行ってからちゃんと考えよう。私今日部活休みだしさ。」

りこと別れ、いつもの学校へ行く道を歩く。

いつも気だるそうにあくびをしながらバス待ちをしているサラリーマンの顔。小学生とその登校を見守る保護者の賑わしい声。

そんないつもの風景の中でガードミラーからこちらを見上げる僕の姿だけが違っていた。

チャイムの音が通りの向こうから聞こえる。

完全に遅刻だ。岡村達にまた小言を言われるなと思いつつ、歩くスピードを早めたりはしなかった。

流石に教室のドアを開けるのは少し時間が必要だった。1時間目は地理で、メガネでがたいの良い先生だ。普通より堅苦しいタイプの先生ではないから少しだけ気が楽だった。

遅刻で怒られることより、面の事だけが気になっていた。

ドアを開ける。扉がいつもより重くガタガタとなる振動が手から伝わる。脳まで揺れるように僕の視線もがたつく。

「津田遅刻だぞ!早く席につけ!今日は、なにか?荷物を持ったおばあちゃん助けて来たか??」

「いえ、今日はお爺さんでした。」

「なんだ今日はキレがないな、熱でもあるんか!昨日はそうだよな熱帯夜だったもんな、体調には気をつけろよ!」

と先生の親父ギャグが空気をカラッカラに乾かした所で僕はやっと自分の席に腰を下ろした。

僕の喉もカラッカラに乾いていた。


 授業が終わり岡村が来た。

「りょう、大丈夫かよ?本当に具合悪いんか?」

「ちげーよ、なんでもねーって、ちょっとトイレ行ってくる。」

ちょっと不自然だったかもしれないが面の事が気になってしょうがなかった。

鏡を見るとそこにはやはり制服を着たアヒルが立っている。何回見ても胸がどキリとする。

恐る恐る顔を触る。いつもの肌触りである事は感じられるが、手が顔に触れている感覚がない。

追っかけて来たのか後ろから僕を見つめている岡村が鏡越しに見えた。

僕は少し動きがビクッとなってしまった。

「なぁに顔ぺたぺた触ってんだよ、あれか髭生えてきたのか??」

「そうそうちょっと気になってな笑笑」

とっさに合わせた。


 授業が終わり、朝のコンビニの前でりこを待った。

「お待たせ〜、いや担任の話が長くてね少し遅れた。」

「そんなに待ってないよ」

「学校、なんともなかった?」

「なんとかね、他の人に見えないからまだ良かったよ。鏡見る度に驚くけど。これ、アイス。やるよ。」

「やったー!熱いもんね。神じゃん」

「ちょっと移動しようか」

 コンビニ近くにある海の防波堤に登り海側を見て座る。

小学生の頃はここまで自転車で来て、冬の寒い中2人でよく自販機のココアとか、コンポタとか飲みながら話していた。

「懐かしいね、中学高校で全然話せなくなったからね。」とりこが言う。

「うん」とだけ僕は返す。

少し沈黙があったあとに。

「そうそう!今日一日、なんでりょうちゃんの、顔がアヒルの面になったのかずっと考えてたんだよ。なんか見覚えがあると思って、探したら、これ!見て!」と、りこは懐かしい写真を見せて来た。

そこには小学生の時の僕とりこ、そしてアヒルのお面の少年が写っていた。彼だ。

ずいぶん昔の事であったから記憶の奥底に埋もれてしまっていたようだった。

「これたまたま写真撮ったやつだよ!私の買ったばかりのガラケーで!スマホに買い換える時、写真全部移してたんだよね!」

そんな話を聞いていると写真を撮った日のことを思い出してきた。

 



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