第7話 観覧車にて

 ジェットコースターに乗って思いっきり叫び、また手を繋いで遊園地を歩く。

 そしてまた別のアトラクションへ。

 夢にまで見た彼女とのデート。素晴らしすぎて胸熱で涙が出てくる。まあ、手を繋ぐきっかけを与えてくれたのは、この時計なんだけどさ。

 いつの間にか二人は観覧車へ向かっていた。


(この雰囲気だったら、もしかしてキスしちゃったりして?)


 そう思った瞬間、俺の中に罪悪感のようなものが生まれていた。

 本当にこのままキスしちゃっていいのだろうか?

 それはなんだか、ズルをしているような気がしていたから。

 めぐみの本心は一体どこを向いているのだろう。欲を言えば本当の俺を見て欲しい。それでもなお好きになってくれるなら、一緒にキスしたい。

 しかし一方で、「このまま行けるとこまで行っちゃえ」と囁く自分もいた。

 というのも、手を繋ぐタイミングだってめぐみがそう思ったからなのだから。マスターからの信号を受けてサーヴァントの俺はマスターの手を握った。だったらこの展開はめぐみが望んだことなのだ。キスだって彼女が望めば何も問題はない——はず。


 でもやっぱり時計のことは伝えよう。

 それでも雰囲気が壊れなかったら、そして彼女が望むのなら、一緒にキスすればいいんじゃないか。

 そう決心して、俺はめぐみと一緒に観覧車に乗り込んだ。


 しかし予想外のことが起きた。

「それにしてもこの時計って不思議よね」

 観覧車に二人で腰掛けると、めぐみはまじまじと時計を見ながら語り始めたのだ。


「今もそう。翔くんが何かをしようとする時に、ビビっと刺激が脳を揺さぶるんだよ」


 えっ? それってどういうこと?

 確かにめぐみが腰掛けようとした時に、俺の時計からビビっと刺激がやってきた。

 でもめぐみも同じってこと?

 つまりめぐみもサーヴァントだったってこと?


「初めて手が触れた時もそう。ビビっと刺激を受けた時に、翔くんが手を繋いでくれた」


 なにがなんだか分からない。

 だって自分もそうだったから。

 めぐみからの信号で二人は手を繋いだのだとずっと俺は思っていた。

 でも本当は、そうではなかったのだ。


 その時、俺の頭の中にある可能性が浮かぶ。

 もしかしたらこの遊園地のどこかに黒幕がいるんじゃないかと。

 それは——そうだ、あの人たちだ。メリーゴーランドの前で見かけたサングラスを掛けた女性同士のカップル。


 俺は慌てて観覧車の下を見る。

 やはりそこにはあの女性同士のカップルがいて、今にも二人で抱き合おうとしていた。


 ヤバい!

 そう思った瞬間、ビビっと時計からの刺激が脳を揺さぶった。

 と同時に、めぐみを抱きしめたくなって仕方がなくなってしまう。

 めぐみを見ると彼女も一緒だった。顔が紅潮してハアハアと息も荒くなっている。


「今も時計から刺激が来た。そしたら翔くんのこと抱きしめたくなってしょうがないの。私どうかしちゃったのかな?」


 いいぞ、このまま押し倒しちゃえ!

 囁くもう一人の自分を押し除けて、俺は正直に打ち明ける。


「俺もそうなんだ。これは本心なんだけど時計のせいでもあるんだ。試しに時計を外してみてくれないか」


 慌てて時計を外すめぐみ。

 すると表情が元に戻った。


「ホントだ。時計を外したら、なんかいつもの翔くんに戻った」


 それはそれで残念なんだけど。

 それにしても問題はあの女性カップルだ。

 観覧車から降りたら捕まえてとっちめてやろう。


 ——あれほど余計なことをするなって言ったのに。


 キスどころではなくなった俺は、観覧車よ早く地上に降りてくれと祈っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る