第2話 スタート同期ウォッチ

「へぇ、これがスタート同期ウォッチねぇ……」


 金曜日の夜の都内のアパートにて。

 姉貴から手渡された白い腕時計を、俺はまじまじと観察する。

 ステージ用と言ってもゴテゴテと装飾してあるわけではなく、いたってシンプルなフォルムだ。リンゴ印のスマートウォッチと間違えてしまうくらい。

 きっとこの中に、最新のテクノロジーが詰め込まれているのだろう。


「ディスプレイの縁だけ細く金属色になってるでしょ? そこが金色なのがマスターなの」

「ほお」


 姉貴は、自分が手にしている時計のディスプレイを俺に向ける。

 ぱっと見た目は白色の時計だが、ディスプレイを細く縁取る金属の部分が金色に光っていた。


「そして翔が手にしている時計がサーヴァント」

「サーヴァントぉ?」


 思わず聞き返してしまった。

 そりゃ、マスターの言うことを聞くのがサーヴァントというのはわかるが、あえてその言葉を使われるとサーヴァントの方が強そうな気がしてしまう。


「そっちは縁が銀色でしょ?」


 姉貴に言われて俺は手にしている腕時計に目を向ける。

 確かにこちらのディスプレイの縁は、銀色に輝いていた。

 が、遠くから見る限りはどちらも白い時計だ。まあ、関係者だけが区別をつけることができればいいわけだから、これくらいの違いで十分なのかもしれない。


「じゃあこの銀色の時計を付けると、マスターの動きを真似ることができるってこと?」

「正確にはちょっと違うんだけどね。まあ、実際にやってみればわかるわ」


 そう言いながら、姉貴は金色の縁の時計を身に付ける。

 俺も姉貴に促されて、銀色の縁の時計を腕に装着した。


「じゃあ、右手を上げるよ」


 姉貴は右手を上げる。

 すると驚くことが起きた。

 姉貴が手を上げる直前に腕時計を通してピリリと小さな刺激が左手に伝わり、俺の脳を刺激したのだ。

 気が付くと俺も右手を上げていた。


「ね? すごいでしょ!」


 確かにこれはすごい。

 この刺激に合わせて動けば、マスターと同期させるのは簡単だ。


「なんでもね、筋肉を動かそうとするスタート信号を検知して、それを瞬時にサーヴァントに伝えるみたいなの。筋肉の始動を一致させることができるから、ダンスの動きを合わせられるというわけ」


 普通のダンスでは、センターの動きを見ながらタイミングを合わせることになる。

 でもそれでは遅いのだ。センターの動きを目で検知してから筋肉を始動させることになるので、コンマ数秒の遅れが生じてしまう。

 一方、マスターの筋肉の始動のタイミングを瞬時に知ることができたら?

 より早く体を動かすことができて、ピタリと息のあったパフォーマンスを生み出すことが可能となる。姉貴の説明は、こんな感じだった。


「でもね、この時計は筋肉の始動のタイミングを知らせるだけなの。じゃあ、今度は左手を上げてみるよ」


 そう言いながら姉貴は手を上げた。

 俺もピリリと信号を感じて左手を上げる。

 が、今回はさっきとは何かが違う。それは何故だろうと考えを巡らせていたら、姉貴が違和感の正体を教えてくれた。


「ほら、手をよく見て」


 俺は左手を上げている。

 しかし姉貴が上げているのは——よく見ると右手だった。


「翔はさ、左手を上げてって私が言ったから左手を上げちゃったの。さっきも言ったように、これは筋肉の始動を伝えるだけの機能しかないのよ。左手を上げなくちゃと思っている人は、刺激を受けると左手を上げてしまう。サーヴァントの行動をコントロールするってわけじゃないのよ」


 そうなのか……。

 俺はちょっとがっかりする。

 ラインの内容から想像していた機能とは、かなり違っていたから。

 まあ、ダンスのタイミングを合わせるにはこの機能で十分なのだろう。だってダンスは振付って最初から決まっているのだから。


「なんか浮かない顔してるね。ははーん、わかったわ。これ、女の子に貸そうとしてたでしょ? それで彼女をコントロールしようとしてたんじゃないの?」


 ギクッ。

 図星で狼狽する。

 さすがは姉貴。伊達に血は繋がっていない。


「やっぱそうなんだ……」

「ち、違うよ。女の子に貸そうとしてたのはホントだけどさ」

「じゃあ、何が違うの?」

「逆の使い方を考えていたんだよ」

「逆? それってどういうこと……?」

「俺がマスターじゃなくて、彼女にマスターになって欲しかったんだ」


 俺は姉貴に事情を打ち明け始めた。

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