第9話 三輪家と白峰家は親戚です ②


 ※


「お待たせしましたぁ。マルゲリータのミートソースにオムライス。カルボナーラです」

 

 白竹しらたけちゃんがウチらの席まで持って来ると、とりあえず笑顔で身構えるウチと楓蓮かれんお姉さんだったが、テーブルに並べられた瞬間、2人は固まっていた。平然としてるのは華凛かりんちゃんだけで、ウチらの言いた事を言葉に出してくれた。


「うわぁ。凄い大きなオムライスぅ!」


 まんまるなお目目を輝かせる華凛かりんちゃんに笑顔を見せる二人のお姉さん達。「以上でご注文はよろしいでしょうか」の問に楓蓮かれんお姉さんが受け答えすると、白竹しらたけちゃんがその場にいなくなるまで動けなかった。


 何だか。凄く多くね? 


 1人前? 3人前くらいの多きさじゃね? ほら楓蓮かれんおねーさんもそう言いたいんでしょ? すげー美味そうなのは構わない。だが……1人前にしては巨大すぎんだろ! このカルボナーラを一人で食べれるのか?


「食べれるかな……」


 だよねだよね。華凛かりんちゃん! そのオムライス強烈すぎるほど大きいよね。ほら見てこのカルボナーラ。多過ぎだよね。ね? 量的にヤバいヤツだよね?


「いただきまぁす」

「いただきまぁ~~す!」


 白峰しらみね家の後に続きちゃんと「いただきます」と挨拶する三輪みわさん。そんな習慣無かったのでこれからはウチも合わさなければ。そう思いつつ食べてみる。

 

 いあ、もう食べる前から分かってる。これ絶対美味しいヤツだと。

 案の定と言うべきか、そりゃぁもう今日の昼に食べたサンドイッチよろしく美味すぎだった。そして向かいの席に座る楓蓮かれんお姉さんも長い髪に触れないように慎重に食すのであった。

 

「美味しい~!」


 口元を手で隠しながらうっとりとした口調で感想を述べる楓蓮かれんお姉さん。その仕草にウチも慌てて口元を抑えるのだった。その一連の動作は正に大人の女性のあるべき姿なのではないかと感心してしまうほどであった。


 美味い。美味いのはいいんだけど、この量……食えんのかよ! そんな心配を抱きつつも次々と平らげて行く白峰しらみね姉妹。つーか食べるの早えぇ~! 


「お姉ちゃん。ちょっと頂戴」


 小皿に分ける楓蓮かれんお姉さん。ついでにオムライスまで頂く余裕っぷりを見せていた。ヤバい。とりあえずは自分で頼んだ分だけでも平らげねば、白峰しらみね姉妹にも白竹しらたけちゃんにも申し訳が立たぬ!


 だが……いくら空腹だと言っても限度があるだろう。最初見た時にもコレ絶対食べきれねぇと思ったが、思った通りに限界が来るのであった。外食で残すなどとあってならぬ! などと妙な正義感だけで頑張ったが流石にもう無理だって。


「大丈夫ですか? ちょっと多い。ですよね?」


 気づいてくれた楓蓮かれんお姉さんに思わず涙が出そうであった。ちなみに白峰しらみね姉妹は自分の分は綺麗に平らげているのだ。マジかよ。あの量を食べれるの? それなのにそんな可愛いの? おかしいだろ!


 半分以上残っているカルボナーラ。美味しい。美味しいのにもう限界すぎる。そう思ってると、横から沸いて出て来たのは白竹しらたけちゃんだった。


「すいません。ちょっと厨房の方で間違えちゃったみたいで特盛になっちゃってました。ごめんなさいね三輪さん。下げましょうか?」


 特盛ってレベルじゃねーって! 3倍パンチだっつーの!


 鼻からパスタが出かかったが、何とか思いとどまった。ウチは返事できずにいると楓蓮かれんお姉さんが代わりに「お願いします」と言ってくれたので事なきを得た。


 だよね? この量は絶対おかしかったよね? 一人で食べれる量じゃないもん! 

 お相撲さんとか、フードファイターが食べる量だって。


 ささっとお皿を回収していく白竹しらたけちゃん。まだ口の中で消化しきれないでいると、こちらに向かって来たのは隣のクラスのイケメン弟であった。ウチらの前まで来ると頭を下げたあと「ごめんなさい」と何度も謝罪するのだ。


「ごめんなさぁい! お、お、オーダー間違えちゃって……しょの。しょの。多い方がいいかなって……食べれるかなって……」


 あの……弟さん? 何でそんなに顔赤くしてクネクネしてるの?


「あのっ! お代はその……通常料金で大丈夫です。あっ! やっぱり無料でもいいです。こちらの間違いですからっ。無料ですよ。全部無料です」


 え? これには白峰しらみね姉妹もアホ口を開けて驚いていると、イケメン弟さんが祈るようなポーズでニコっと笑顔を下さった。 


「あっ。もし良かったらデザート。デザートお持ちしましょうか? パフェとか、いかがですか?」


 思わず口の中のモノが出そうになったが、それはウチだけではなく楓蓮かれんお姉さんも同じだったようで、今一瞬「うっ」って言いましたよね? 

 特盛マルゲリータミートソースを3人前くらい食べただけスゲーけど、やはり楓蓮かれんお姉さんも相当限界だ! にこやかフェイスが一瞬崩れかかったぞ!


「もちろん。無料……無料。かな? 無料で良いと思いますよ~」


 さっきから意味不明な言語と笑顔を振りまく弟さん。何だよこの喋り方は! その顔でまさか男の娘だったの? いや! 待て! もしかして本当に女の子? そう思った次の瞬間――


「ぐはぁ!」


 断末魔のような叫び声をあげた弟ちゃん。イケメンらしからぬ変顔を見せた後、その場に崩れ落ちるのだった。その後ろには白竹しらたけちゃんが一瞬だけ、一瞬だけだったが……それはもう恐ろしい般若のような顔つきになっていたという。


 え? いま何をした? 分からねぇ。なんとなく白竹しらたけちゃんが弟の頭を殴ったように見えたんだが気のせいか? まさか。


 弟さんの首根っこを掴み、さっさと店内に退散する白竹しらたけちゃん。ゴミを捨てるように弟さんを厨房に投げ込むと、こちらに戻って来て「どうもすみません!」と笑顔で謝罪するのであった。


 そんな事があったにも関わらず楓蓮かれんお姉さんはにこやかに「大丈夫ですよ」と受け答えするのであった。


 マジで凄いわこの人。全然大丈夫じゃねーと思うのはウチだけなのか?



 ※


「ありがとぉございました。三輪みわさん。また来てくださいねぇ」


 とりあえず「また来ます」と返事した三輪みわさん。楓蓮かれんお姉さんはしっかりと食べた分の料金を支払っていた。そりゃそうだろ。さっきの弟ちゃんはとりあえず聞こえなかったフリをするのが妥当だ。


「またね~三輪みわしゃん」


 厨房から弟さんがめっちゃ手を振っていた。これにはウチも手を振らざるを得なかった。

 な、何であんなにフレンドリーなの? それが全くもって謎なのである。


 店から出た後、華凛かりんちゃんが「美味しかった」と絶賛すると、同じように頷くお姉ちゃん達であった。ああそうだ。美味かった。無茶苦茶美味かった。美味かったけど……


「あの、ここからコンビニって近いですかね? 出来れば寄って帰りたいんですけど」 


 まるで店内での話をすっ飛ばしたように楓蓮かれんお姉さんが質問してくる。ここからコンビニはすぐそこにあるのを告げると、急に「ふふふふっ」と笑い出すのであった。


「ビックリですね~白竹しらたけさんにも驚きましたが……あの男の子。すげー面白かったですね」


 あ。そうか。楓蓮かれんお姉さんは知らないのか? あの男の娘は、白竹(しらたけ)ちゃんの双子の弟らしいと情報提供すると「マジですか?」と驚くお姉さんが凄く新鮮だった。驚いた顔でさえ美しいなんて……


「ピンクの髪のお姉ちゃん凄かったね。ビュンビュン走り回ってて、お姉ちゃんみたいだった」


 お姉ちゃんみたい? 華凛(かりん)ちゃん? どういうこと?

 えっと~それは楓蓮(かれん)お姉さんみたいだったってこと?


「凄かったよな。メイド服着ててあの俊敏な動きはやべぇ。っていうか何だか……俺達の知ってる白竹しらたけさんじゃなかった。そんな気がしません?」


 そ、それ! その話がしたいんだよ!


「べ、別人だよね?」

「ですよね。別人なくらいキャラが違いましたもん」


 ほら! 楓蓮かれんお姉さんも同意見ですよね。絶対あれ別人だって! 

 見た目は同じ。中身が全然別人なんだよ!


 さぁその話で盛り上がろうよ。そう思ってたら華凛かりんちゃんが「でもでもでも」と言いながら続ける。


「今日知った事は、男の子の時とは別に考えるんだよね?」


 そう言いながらまた楓蓮かれんお姉さんにおんぶしてもらう華凛かりん)ちゃん。


「そそそ。別人として考えるんだ」


 楓蓮かれんお姉さんも同意すると、意味が分かってないウチに説明してくれた。


白竹しらたけさんがメイド姿で喫茶店で働いている。この情報は、高校に通ってるれんとは共有しちゃダメなんです。ほら蓮(れん》と楓蓮かれんは別人ですからね」


「つまり~今日は、親戚である三輪みわさんと一緒に楓蓮かれん華凛かりんで、飯を食いに来ただけで、その時たまたま三輪みわさんの同級生である白竹しらたけさんが働く喫茶店だった。というわけです」


「なので黒澤蓮くろさわれんとは何の接点も無いので、この事実を俺が知っててもれんの状態で喋るわけにはいかない。そういうことです」


 なるほど。意味が分かったぜ。分かりやすい説明ありがとう! そして美人すぎるぜ。


華凛かれん)も注意しろ。りんの状態ではあのピンクのお姉ちゃんは初対面になるから知らないフリをすること」

「うんうん! 分かってるよ」


 う~ん。知ってるのに知らないフリか。何だか面倒臭そうだな。


「そろそろ華凛かりんも別人として振舞えるように勉強するんだ。俺達はそうやって生きていくしかないんだ」


 別人として生きていく……か。その時ふと、挙手する三輪さんは、


「何か手伝えることはあります?」


 などと口走ってしまったが、ウチにも……ウチにも何か出来ることは無いのかな? 

 すると楓蓮かれんお姉さんはニコっと笑顔で、


「これからきっと、三輪さんには助けてもらうことになると思います。その時はよろしくお願いします」


 えぇ~? ウチがこの白峰しらみね姉妹を助けるというシチュエーションが思い浮かばないんですけど。逆に助けてもらう確率の方が遥かに高いっす。お姉ちゃんが頭を下げると同じように華凛かりんちゃんも頭を下げるのであった。


「ねぇ三輪みわさん。この入れ替わり体質って、便利だと思います?」


 突然言われたのでビックリしたが、即答でコクコク頷くと、微笑を見せる楓蓮かれんお姉さんとは対照的に「そんなこと無いよ」と愚痴る華凛かりんちゃんであった。


 なんで? めちゃくちゃ便利で最高の人生じゃないか?

 男としても女としても生きることが出来て、更にその恵まれた容姿に何が不満なんだよ。


「それが……全然便利でもなくて、わりとその、苦痛だったりするんですよ」

  

 え? 苦痛?


 確かに今の楓蓮かれんお姉さんからは苦笑いっぽい顔になってて、華凛(かりん)ちゃんもあまり良い顔をしてくれなくなってしまった。


「まぁ、それは追々説明していきます。実は俺達家族って普通に暮らしてるようでも……色々と大変なんです」


 色々とありそうだな。そう思わせる口ぶりに三輪みわさんは、


「何か出来ることがあったら、私にも教えてください」


 楓蓮かれんお姉さんには受け答えは出来るようになったものの、まだ「ウチ」とは言えない三輪みわさんであった。ほら、コンビニ見えてきたぞぉ。

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