第5話 とりあえず落ち着こうよ三輪さん? ⑤
※
部屋の中でシャツ一枚になる
「ふふっ、何で脱ぐのか疑問でしょ? これ、男になった時に微妙に体型が大きくなるんです、なのでピチピチのジーパンとか、他には女物のショーツとか。履いたまま入れ替わると……ブチブチ言いながら破れちゃうんですよ。なのである程度余裕のある下着じゃないとヤバイわけで」
ちょ~~っと! 待って!
入れ替わるのは分かった。分かったんだけど! そのまま入れ替わったら……
シャツとトランクス姿の爽やか
ヤバい。ヤバいって! イキナリ急展開すぎるっておい!
ウチが急に狼狽えると「大丈夫ですよ。怖くないっす」とは言ってくれるものの、怖いとかそういう感情じゃなくって、殿方の下着姿を直視なんて出来ねーよ!
説明することも出来ないウチは、
「あぁ~ごめんなさい。ですよねですよね。トランクスじゃハミ出ちゃうかもですね」
え? はみ出たりするの? うわぁ~~~~! ハミ出るぅ!
いあいあウチは何を考えてんだぁ! それ絶対ダメなヤツだって!
「ん~。じゃあバスタオル巻いておきます」
ナイスな提案に親指を立てると、
「じゃあ変わりますね~」
正座になった
じわじわと変わっていく。ロングのポニーテールが短くなり黒髪になっていくと、ガタイも一回り大きくなり、筋肉質な腕になっていく。ヤバイ。ウチの方が急激に緊張してきた。
今目の前に見えるのは、美少女である
これでお父様の入れ替わる瞬間を見て2回目だけど……やっぱり常識的にあり得ないという思考が強く、目の前で見たにも関わらず、脳内の処理が追い付かない。
ウチが固まっている間、
「どうも。
「……よっ」
言葉が出ない。何となくさっきから気がついてたんだけど、やっぱり……喋れねーよ!
目を合わせるのも無理! そしてウチの姿を見られるのも無理ぃ!
ヤバイヤバイヤバイヤバイ! ここから一瞬で家に帰りてぇ。穴があったら入りてぇよぉ!
そんな緊急事態に気がついたのか
「やっぱり、気持ち悪いですよね」
それはない! そんなことは無い! 全力で首を横に振り続けるが、
一言も喋れなくなってしまった。
さっきまで
それが急にイケメン
しばらくは
「とりあえず。お送りしますね」
男の声。少しばかりトーンが低かった。あんまり明るい顔してないよね?
今、彼がどんな気持ちなのか、どんな表情をしているのか。さっきまでの
きっとウチの態度を見て落ち込んでる。よね……
必死にその身体のことを説明してんのに……
違う。違うんです。ウチ……
わたし……本当に喋れない……しゃべれないんです。
男の子とこんな風に……喋った事がなくて、どんな顔をしていいのかもわからない。
声にも出せない。伝えようにも……伝えられない!
暫くの間があった。どのくらい時間が経ったのかも分からない。
1分くらい? 10分くらい? いあ……わからない。
長い時間のようでもあり、短かった気もする。
頭が真っ白のなったまま、ふと声が聞こえてくる。
「行きましょっか。ついて行きます」
玄関を出るとウチはずっと頭を下げたままであった。
とにかくこのままじゃ
「あ、もしよかったら、目の前でラインで連絡してもらってもいいですよ」
そう聞いたとき、ウチは最速でスマホを持つと、
『ごめんなさい』
すぐに思い浮かんだのが謝罪だった。その後も長文を書いて
その数秒後、ウチの顔が崩壊し大量の涙が溢れてしまう。
「
情けない……不甲斐ない。だけど……どうする事も出来ない。
伝えたいのに、伝えられない。
何でウチはいつも……こんな出来損ないのコミュ力しかねーんだよ!
自分の不甲斐なさにとうとう歩けなくなってしまった。立つ気力も失いそうになると、その瞬間――
「ちょっと失礼します」
まさかというか、
彼におんぶされちまってる。そんな予想外の展開に更に固まることになるのだが、この時ばかりはさっきの状況よりも遥かに安堵していた。
何故かというと彼の視線がこちらに向いていないのが分かるから。
ウチを動けなくしてるのは間違いなく【見られている】というその視線なのに気がついた。
おんぶされているというもっとヤバい状況なのにも関わらず、先ほどよりも状況は良くなっているとさえ思った。
「えっと、どっちですか? 指差して教えてくれると助かります。スマホでもいいですよ」
ウチをおんぶしたまま、スマホを持とうとするが手間取ってる様子の
家まで15分ほど。その間ウチも
ようやくマンションに到着するとおんぶが解除される。エレベーターで6階に到着し、そして家の玄関の前で立ち止まると、お礼を言おうにも……また言葉が出て来ない。
分かってる。喋れない理由はその視線なんだ。金縛りにあったみてーに動けなくなるんだ。
だってこんな男の子に、マジマジと見られた経験なんてないし、そもそも男の子と喋った事が無かったウチには今、人生最大の試練がやってきたようにも思えた。
「無理に言わなくても……あの、ラインでいいですから」
目の前にいるのに口が開かない。情けないのは分かってるけど、どうにもならないんだよ!
「ラインだったらいつでも連絡できますし、俺も
「
ウチは思わず頭を上げると、
そのあと、ニコっと笑顔を見せた時、ふと
「じゃあ今日は帰ります。夜遅くまでお疲れさまでした。明日も学校ですしゆっくりしましょ」
そのタイミングでようやく「うん」と頷くことが出来た。
「とりあえず学校では接点のない関係で行きましょう。その内学校でも仲良くなっていく。そんな感じで」
更にうんうんと頷きながら、自然と笑顔になっていた。
そして「じゃあまた明日」と言い残し
言えよ。言えよおい! 「ありがとう」くらい言えってんだ!
この場面でも逃げんのか? ※フォールドすんのか! ありえねぇよ!
言えよ。言うんだよ! 「ありがとう」くらい言えってんだ!
ここで勝負しねーと一生後悔するのは目に見えてんだ!
全部この一手に掛けるんだよ! ※オールイン!
「ありがとう……今日はありがとう」
意外とあっさりと言えたのはきっと、背中だったから。
だが……振り返られるとすぐに下を向いていた。
「よろしくね。
「うん。よろしく」
見られながらようやく……一言言えた瞬間だった。
※
その後、ウチは必死にラインで謝罪していた。
喋れなかったことで色々と誤解を招いてると思ったウチは、挙動不審になった場面の全てをラインにて説明していた。ポロポロと泣いた事も、頭が真っ白になって倒れそうになったことも全て正直に話したのだ。
『じゃあ
『はい。
とにかく言葉に気を使い敬語で説明する。そういえば
後は学校や
・学校では
・その内、周りから見ても自然に仲良くなるように持っていく事で合意。
『目が合ったとしても、無視したり何も喋らなかったりしますけど気にしないで下さい』
『その方が自然だと思います。それでいいと思います』
そう。さおりんやまゆちんである。確実にイジられるのは目に見えてるので、絶対にバレてはいけない。それにバレることで色々と不都合が出てくるかもしれないと思うと、この事実はまだ隠しておくのが正解だと思ったからだ。
『こういうの。わりと慣れてるんで任せて下さい。何か疑問や誤解があればすぐに連絡下さいね』
『分かりました』
ちゃんと「わかりました」って言えた時点でウチは成長してると思った。まぁラインだし、目の前にいる訳じゃないし、難易度は比較的低いからな。
『もう12時ですね。そろそろ寝ないと。という訳でまた明日』
ウチはお休みのスタンプを送ると大きく伸びをした。
あぁ……なんつーか。すっごい楽しかった。明日休みだったら延々と喋りたかった。っていうかラインだとモリモリ喋れる自分を見直したぜ。
とりあえず視線だけだ。まずはコレを克服しねーとな。
大丈夫、大丈夫。これだけラインで喋れるようになったんだ! 何とかなるだろ。
明日が楽しみだな。これからどんな学校生活になるのか楽しみで仕方がなかった。
ウチだけしか知らない、さわやか黒髪イケメン
などと。見られていない場合は鬼強くなれる三輪(みわ)さんであった。
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