第4話 とりあえず落ち着こうよ三輪さん? ④ 


「覚えてない。ですよね……今日初めて逢った訳ですし」


 いや、無茶苦茶覚えてるっつーの! あの爽やか系正統派イケメンで、ウチの自作小説のヒーローじゃねーか! 当然、信じられないという顔で迎え撃つと、


「あの……白竹しらたけさんだっけ。ピンクの長い髪の女の子。面白かったですよね。まぁ面白いって言うと彼女に可哀想ですけど、すっごい必死に自己紹介してて……」


「ほら、そのあと三輪みわさんがフォローしてあげて何とかなりましたもんね。確かにあんな女の子ならなんとな~く、守ってあげたくなりますよ」

 

 楓蓮かれんお姉ちゃんはそこまで言うと再び笑顔を見せてくれた。

 対するウチは唖然とアホ口を開いたままになっていたという。


「って言っても、中々信じて貰えませんよね……」


 少し困ったような顔をする楓蓮かれんお姉ちゃんはポッケからスマホをもって電源を付ける。時刻が表示されると「まだ早いもんなぁ」と言いながらスマホを仕舞った。


 まだ早い?


「なぁ華凛かりん。俺の男の時の画像持ってる?」


 妹ちゃんにそう尋ねるお姉ちゃんだったが、背中に隠れたまま「わかんない」と返って来る。すげー非協力的だが、彼女は悪くないと自分に言い聞かせる。


「まぁいっか。親父なら持ってるだろうし、後で見せてもらってください」


「はい」と言うしかない。ここまで言うのなら本人の言う通りこの楓蓮かれんお姉ちゃんは……


「とりあえず、今の俺。白峰しらみね楓蓮かれんは、同じクラスになった黒澤くろさわれんと同一人物です。それをまず理解してもらいたいのです」


 ニコっと笑顔な楓蓮かれんお姉ちゃんに笑顔で返すが、ウチの笑顔が次第に苦笑いになっていく。

 だって! 信じられねーから!


 この美少女お姉ちゃんがあの……爽やか黒髪イケメンになるっていうのか?

 いあ、無理だって! とてもじゃないが同一人物だなんて思えねぇんだよ!


「やっぱ理解するの難しいですよね。俺もこの【入れ替わり体質】をカミングアウトするのは初めてでして、説明が悪くてごめんなさい」


 すぐに顔を横に振り続けた。それは違う!


「ただ……ビックリしてるだけで、その……」


 そこまで言っておいて後が続かない。楓蓮かれんお姉ちゃんが悪いワケじゃないとハッキリ言いたかったのだが、陰キャ属性というのは厄介で途中で途切れてしまった。


 下を向き明らかに落ち込んでしまった楓蓮かれんお姉ちゃんが目に入るとウチは即座に反応した。


「分かりました。分かりましたからあの……理解します。お、同じ人間……」


 ここまでしか言えなかった。

 情けない。そう自分を責めたくなる。ウチには人を励ます事すら出来ないのか。

「ごめんなさい」と楓蓮かれんお姉さんの小さな声が聞こえて来た。そのあとに妹ちゃんも「ごめんなさい」と聞こえて来た瞬間、この場を【どうにかしなければならないと】そんな使命感がウチの脳内をジャックした。

 

 ふと思い出したのが白竹しらたけさんである。

 あの娘が見せた極限の状態で全力を出したあの時のように……


 三輪みわさんの頭の中にはじき出されたのは2枚のトランプであった。


 スペードのエースとハートのエース。つまり※エーシズ様降臨!

 テキサスホールデムで言う、最強の手札だ。


 これはもう……逝かねばならぬ!


「分かりましたぁ! 理解します! 同一人物っすね! 分かりましたぁ! えっと白峰楓蓮しらみねかれんさんと黒澤くろさわれんくん。この2人は同一人物! よっしゃぁ!」

 

 まるでピンク白竹しらたけちゃんの自己紹介の如く、持てる全てのマジックパワーを解き放った。

 最強の手札であるエーシズでフォールドするという選択肢は無い! コレで勝負しねーで何で勝負するって言うんだぁ!


「大丈夫。ほらさっきお父さん……あ、義理のお父さんが女性から男性に入れ替わったのも見たし、あんな感じですよね? うんうん! おっけーおっけー三輪みわさんは理解したぞぉ!」


華凛かりんちゃんも男の子に変わるんだよね? そっか……きっとお父様や楓蓮かれんお姉ちゃんみたいにイケメンになっちゃうんだよね。わぁお最高! 黒澤くろさわ家!」 


 身振り手振りも付けて最後にグッジョブしながら、ニカっと眩しすぎる笑顔を見せると、楓蓮かれんお姉ちゃんがようやく笑顔に戻ってくれた。ついでに華凛かりんちゃんも「ふふっ」っと笑ってくれたのを見逃さなかった。


「ありがとうございます。三輪みわさん……」 

「お姉ちゃん。ありがとうございます」


 これにて一件落着。今の三輪みわさんは最高に輝いてるんだっぜ!

 だが……全てのマジックパワーを使い果たしたウチはまだ何も知らなかった。


 今目の前に見えるのは楓蓮かれんお姉ちゃんというトンデモポニーテール美少女なのだが……

 そんな彼女が男の状態になるとどうなるのか。全然分かってなかったのだ。


 ああそうだ。何も分かってなかったのだよ。ふはは。


 ※


 家のインターホンが鳴ると、お父様や楓蓮かれんお姉さんが玄関へ向かうと二人はすぐに戻って来た。


「さぁ、とりあえず食いまくろう」


 本日の夕飯はデリバリーのピザとなった。おお、久しぶりすぎてマジ感動した。前に食べたのは確か小学生くらいだったんじゃね? 年単位で昔を思い返す程であった。


 三輪みわ家と黒澤くろさわ家。仲良く会食となった訳だが、初対面ほどの緊張感はある程度なくなっていた。先ほどのバグった三輪みわさんが良かったのか、華凛かりんちゃんがわりとウチに喋ってくれるようになったのが大きかった。そこから楓蓮かれんお姉さんとの会話も何とか平常心を保てるようになる。


加奈子かなこ、本当に同じクラスなの?」


 いつもなら「そうだようっせーな」と言いたい所だが黙って頷いた。

 するとお父様が「そりゃちゃんと2人でルール決めてた方が良いぞ」と言うので「何のルール?」と質問する前にも楓蓮かれんお姉さんが「分かってるよ」と会話を切ってしまう。


 とりあえず食べよう。そんなお父様の言う通りまずは腹ごしらえ……

 すると楓蓮かれんお姉さんも、華凛かりんちゃんもめっちゃ食い始めた。「ピザなんて久しぶり」と言いながらエレガントに、そして素早く平らげていく。ちょ! むっちゃ早えぇ!


「ごめんね加奈子かなこちゃん。こいつら今は女だけど、頭の中はみーんな男だから」と義理のお父様。


 そう言えば楓蓮かれんお姉さんもさっき言ってたよな。頭の中は男。だと。どういう意味?

 するとそのタイミングで口を開いたのはオカンであった。


「私にはその考え方が分かんないのよね。別にどっちでもいいじゃない?」

「いや、そういう訳にはいかないんだよ。入れ替わり体質の人間は必ずどちらかの性別を強く持ちたくなるんだ。こればっかりはそんな状況の人間じゃないと理解できないんだと思う」

 

 お父様の言ったことに呆れたような顔をするオカンであった。

 そう言えばオカンよ。よくぞこんなイケメソナイスミドルを射止めたよな? マジで何したんだよ。そこが気になるんだけど。


「とりあえず俺達、黒澤くろさわ家は、一人の人間で男と女、全く別の人間を演じてて暮している。それをまず理解して欲しいんだ。そしてこのことは誰にも言わないで欲しい」


 それはさっき楓蓮かれんお姉さんに聞きました。絶対に誰にも漏らさないようにして欲しいと。

 

「そうね。まずはそれだけ守って頂戴。簡単でしょ」


 ウチはピザを頬張りながらうんうんと頷いた。ついでに華凛かりんちゃんにグッジョブしてやるとグッジョブし返されると、オカンはさらに続ける。


「本当は入れ替わり体質特有のルールがあるんだけど、それは追々アンタが理解していきなさい。男や女でいられる時間やリミットの話とか、それに……」


 オカンが説明しようとするがお父様が「まぁまぁ」と言いながら、 


「一気に説明しようとしても難しいよ。とりあえず加奈子かなこちゃんにはまず、この入れ替わり体質という秘密を守ってもらうだけでいいからね」


 だそうだ。こんなこと誰も信じねぇだろうし、誰にも言わないぞ。だから安心しろ。


「あ、そうだ親父。スマホに俺やりんの画像ってある?」


 思い出したように言う楓蓮かれんお姉さん。ピザ食べるの早えぇけど全然下品じゃなくて品があるだと?          


 ウチは笑顔でお父様からスマホを受け取ったのはいいのだが、横にいた楓蓮かれんお姉さんがスマホの画面を見て「こんなちっさい頃のヤツしかねーの?」とか言いやがる。

  

「だってお前、撮らせてくれねーじゃねーか。あ~あ昔のお前はもっと素直で可愛かったのになぁ。楓蓮かれんちゃんは素直で可愛い女の子。だったのになぁ~~」

「うるせーよ。その変な歌止めろって」


 え? 今の「うるせーよ」はウチじゃねーよ。楓蓮かれんお姉さんだぞ!

 義理のお父様には激しいお姉様だったが、ウチと目が合うと微笑を浮かべながらスマホを見せて下さった。 


「ちょっと恥ずかしいですよね。それ小学校の頃の俺です」


 苦笑いする楓蓮かれんお姉さん。だがスマホに写ってるのは……ああそうだ。

 さわやか黒髪イケメンの黒澤くろさわくん。小学生バージョンであった。


「こっちのちっちゃいのがりんです。めっちゃちっちぇな~。いつの画像だよ」


 そう言われるとピザを手に持ちながらやってきた華凛かりんちゃん。「あは。ちっちゃい。幼稚園の頃かな?」と言い残し戻っていくと食べるのに必死だし。つーか華凛かりんちゃんの男の子の姿が可愛すぎるぅ! これ男の子なの? ウソだろ?


「じゃあ今のお前らを撮らせてくれよ」とお父様が言うと

「嫌に決まってんじゃねーか!」と返す楓蓮かれんお姉さん。


 ……いあ、だから。楓蓮かれんお姉さんのキャラがさっきからおかしいんですけど。

 家族とウチとの喋り方に雲泥の差があるような気がしてならねぇ。


 ウチが固まっていると「あ、ごめんなさい」と笑顔を見せる楓蓮かれんお姉さんは、


「ほら、俺……今は女だけど……男。ですから」

 

 いあ……だから。その顔で「男ですから」と言われても全然説得力ないんですけど!





「こっちが三輪みわさんの部屋になります。向かいが俺の部屋で、あっちが華凛かりんの部屋っす」

「…………」


 そうだった。そう言えばウチ。この家に引っ越すことになってるんだった。  

 すっかり忘れてたと同時に、急に焦り出す。


「お姉ちゃん。部屋でゆっくりしていい?」 

「ああ、好きにしろ」


 という訳で華凛かりんちゃんが自分の部屋に入っていくと「引っ越しの時は俺も手伝いますんで」と、横から聞こえてきて更に焦り出してしまった。


 そうだった。ウチはこれから……ここの家の子になるんだった。

 今は女の子だけど、男の子と一つ屋根の下……


「どうしました?」


 心配そうに覗き込む楓蓮かれんお姉さん。

 この人があの……さわやか黒髪イケメンの黒澤くん……

 

 やばい! 急にきた! 


 今までは美人な楓蓮かれんお姉さんだったからわりと普通に喋れたが、これ。黒澤くろさわくんになっちまったら……ウチ、喋れんのか?


「俺達の荷物も全然片付いて無くって、こんな感じっす」


 そう言いながら楓蓮かれんお姉さんは自分の部屋を見せてくれた。確かに積み上げられたダンボール多数が見えると生活感のあるような部屋では無かった。そして何と言うか……女の子っぽい部屋ではないのはある程度感じ取れた。ベッドにデスクトップのパソコン。そして結構大きなドレッサーがあったりする。ドレッサーは完璧に楓蓮かれんお姉さん用って感じだな。


 ウチが興味津々だったのはパソコンだった。これ結構新しいな。マウスの形状からしてもゲーミングパソコン? などと質問したいが彼女の一言にプチパニックに陥ってしまう。


「そう言えば自分の部屋を見せるのって、三輪みわさんが初めてでした。ちなみに部屋も男っぽいでしょう? あ、このドレッサーとこのタンスは別っすけど。えっと楓蓮かれん用っていいますか……」


 ウチだって初めてだっつーの。殿方の部屋なんて初体験だから。

 そんな新たな扉を開いた瞬間、楓蓮かれんお姉さんは「あっそうだ」っと何かを思い出したようであった。


「そうそう大事なことを聞くのを忘れてました。ちゃんと決めておかないと」 


 何の話だろうか。そう思ってると「学校の事なのですが」と前置きしてから続ける。簡単にいうと、再婚したというのを学校の人間に伝えるかどうか、などのお話である。


「それは……まだ内緒というか……」 

「ですよね。学校では何も言わず、まずは接点もない関係で行くのが無難ですよね?」


 うんうんと何度も首を縦に振る。その方が絶対良い!

 もし黒澤くろさわくんとウチがそんな……連れ子同士だとバレりゃ……親友であるさおりんやまゆちんに遊ばれるのは目に見えておるのだ。


 それはマズい。色々とマズい気がする!


 入学式でも接点が無かったから喋らなかった訳だし、急に喋るようになるのはおかしいだろ。そもそも学校で黒澤くろさわくんと喋れるかという疑問があるが、あ。それ絶対無理なヤツだ。


「後は……バレないようにラインで連絡を取り合いましょうか。あ、ちなみに俺のアカウントはれん用と楓蓮かれん)用と2つあります。電話番号も2つありますんで。こうやって完全に別人を装ってますので理解してくれるとありがたいっす」


 早速ライン交換を済ますと、妙に嬉しい三輪さんであった。

 

「基本は楓蓮かれんアカウントで連絡取りますね。それなら誰かに見られても大丈夫かなと思いますし」


 何だろう。そんな秘密事項を決めていくのが……やたらワクワクすっぞ。

 しかもこの事実を知ってるのは高校ではウチ一人。なにこれ。楽しいかもしれねぇぞ。


 そんな話をしてる最中、楓蓮かれんお姉さんの部屋に入って来たのはお父様とオカンであった。


「アンタどうする? 今日この家で泊まる? 私は泊まるけど」

「はぁ?」 


 ちょっと待てよ! そりゃいくら何でも早すきねぇ?

 あまりの慌てっぷりに、お父様と楓蓮かれんお姉さんがフォローしてくれる。


「急に泊まれって言われても困るよね」とお父様が言うと「楓蓮かれん。家まで送ってやれ」との指示に「おっけ~」と承諾する楓蓮かれんお姉さんであった。


 いうだけ言って部屋から出て行ったオカンとお父様。

 泊まって何するんだとかいう突っ込みなど無用だ。考えたくもねぇし。


「もうすぐ22時ですね。どうします? 明日も学校ですしそろそろ帰ります?」

 

 これ以上遅くなってはヤバいな。風呂も入りたいし、ゆっくりリラックスしながらポーカーに興じたいというのもあり「帰ります」と告げると、楓蓮かれんお姉さんが「あ、そうだ」と何かを思いついたらしい。


「どうせなら……男になって送りますよ」

 

 ん? 男になる?

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