第3話 とりあえず落ち着こうよ三輪さん? ③


 入学式を終え、その日の夕方。ずっと来て欲しくない時間がとうとうやってきた。

 新しい家族となる奴らにどんな格好で行けばいいのか悩んでいた。ああどうしよう。どうすりゃいいんだよ。


 結局普段着に毛の生えた程度の服装しか持ち合わせていなかったので、いつもと殆ど変わらなかった。そんな自分に嫌気がさしていたが、オカンは、


「そんなに気にしなくてもいいわよ。え? もしかして緊張してんの?」

「当たり前だろ? 変な人間だと思われたくねーだろ!」


「別に着飾っても何をしても、一緒に住めば加奈子かなこがどんな子だって分かるでしょ。それとも何? 漫画みたいな展開を期待……「うるせぇよ!」


 そんなノリ突っ込みはいつもの事だ。

 まぁでもオカンがそう言ってくれたのは正直助かった。

 

 そりゃそうだ。確かに最初は肝心かもしれないが、どうせ……こんな陰キャでどーしょうもない女子なのはすぐにバレるんだから無駄に着飾っても意味が無い。そう思えた。


 今しがた家を出発し、オカンと再婚相手の家に向かう。


「なぁ。その……同級生の男はどんな感じなんだよ」

「それがね……私も逢った事が無いんだけども、写メ見せてもらったけどすっごいイケメンだったわよ」


 信用ならぬ。これから一つ屋根の下で暮らすような人間を悪く言う奴なんていない。例え少々ブサイクであっても、イケメンと言っておくのは世の中の常識ってヤツさ。

 そんな人生を悟った気分になっていると、その後にこんなことを言いやがる。


「あとね、すっごい美人だからビックリするわよ」

「あ?」


 美人?


「いあ、男だろ? 美人ってなんなんだよ」

「弟さんも凄く可愛いかったわっ」


 なんだよそれ。男で可愛いってことは中性的って言いたいのか?

 まぁゴリゴリの男臭い奴よりも可愛い方が断然いいけどさ、

 

「ここよ」

「おいおいマジ? 結構でかくね?」


「4月中にこの家に引っ越すから、あんたも用意しときなさいよ」


 新築の一軒家だったので驚いた。ああそういえばこの場所って、昔はスーパーだった場所だなとか思いつつ、家の前まで来るとオカンはインターホンを鳴らした。


加奈子かなこ。先にいっておくけど……あんまり驚いちゃダメよ」


 は?

 急に真面目な顔でオカンが言ってくるので「どういう意味だよ」と返すと、


「あと、今日の出来事は誰にも言わないこと。私と加奈子かなこだけの秘密。わかった?」


 オカンの言われた事を考える前に「はぁ~い」とインターホンから女性の声が聞こえる。連れて来たわよ」とオカンがいうと「どぞどぞ~」と聞こえてきた。暫くしてからガチャっとドアの開く音がすると、中から出て来たのは……


 腰まで伸びた茶髪はウェーブしててパっと見た感じ20代? 30代? なんというか……二次元から飛び出て来たんじゃねーかと思うほど顔が整っており、すげーグラマーなモデル体型。しかもタンクトップでこれまた大きくて、キュッボンキュっと言った何だかもう色々と人生勝ち組であろうとんでもなく美人な女性であった。 


 え? 女性? あれ? 

 意味も分からず家に入ると、その美人な女性に超絶スマイルを頂いた。


「初めまして加奈子ちゃん。私、白峰しらみね麗華れいかといいます。よろしくね」

 

 まてまてまて、意味が分からない。

 確かウチは……オカンの再婚相手の家に呼ばれたんだよな? 

 何で女の人が出てくるの? え? 再婚相手のお姉さんとか妹さんなのか?


 脳内で混乱しきっていると、隣のオカンは事もあろうか……

「にゃ~ん」とバカ猫のような声を出しながらその美人な女性に抱きついたのだ。

 

麗華れいか~」

 

 悪夢だった。オカンの甘ったるい声も極悪だったが、目の前で抱きついて幸せそうな顔を見せつけられてしまっては顔が引きつり血の気が引いた。


「おい……」


 流石のウチもそれ以上言葉が出て来なかった。オカン? そ、それはアレか?

 もしかして、その年でソッチになっちまったのか? などと思ってると、


「ちょ! 待って待って。加奈子かなこちゃんが固まってるから。ささ、こっちに入って」  

  

 抱きついたオカンを引きづりながら奥に入っていく美人さん。もとい麗華れいかさん。


 部屋に入るとそこには二人の女の子が正座していたのだった。

 女の子? え? 連れ子の……男の子はいずこ? など思ってると。


「あっ……」


 女の子の一人がそう漏らしてウチを見ながら見開いていた。

 すっげー大きなお目目で驚かれると、こっちだって驚くしかねーだろ!


「ん? 知ってるの?」と麗華さんが訪ねると女の子は「いあ……」と口を濁すのだった。

 


 ※


 とりあえず正座する女の子二人の前に座る三輪家。もちろん背筋を伸ばし正座で迎え撃つ。頭の中はずっと「え? 女の子?」というハテナマークで覆い尽くされていた。


 確か、連れ子の男の子と弟が……そんな話じゃなかったの?

 どこからどう見ても女じゃねーか!


 正面にいるのが恐らく……恐らくというかウチと同じ年の女の子だろう。

 だってもう一人の女の子はどう考えても小学生高学年くらいの女の子だったからだ。

 その大きい方の女の子なのだが、随分と大人びた体型をしており、長いポニテで無茶苦茶美人なのである。いあ、これはあの超絶美女認定したピンク白竹さんと互角……いあ、それ以上かもしれねー。 

 

加奈子かなこちゃん。ビックリさせてごめんね。お母さんからは再婚相手と連れ子は男だって説明されたと思うけど……」


 麗華さんが説明を始めると、とりあえず黙って聞くことにした。

 向こうの女の子2人も、オカンもじっと黙って麗華さんの言葉を待つ。


「俺達、黒澤くろさわ家は、ちょっと特殊な人間でね、男と女。二つの身体を持ってるんだ」

 

 ウチが見開いた瞬間、急にオカンに手をギュっと握られる。

 突然の事態に手を握られたまま何もできず、麗華れいかさんの顔を見ていた。


「今は見ても分かるように女になってるんだけど、俺達の家族はずっと同じ性別で生きられず、定期的に男になったり女になったりする必要があるんだ」


 同じ性別で生きられない? 定期的に男になったり女になったりする?

 意味が分からずオカンに顔を向けると、手をギュっとされたので「うん」と頷いた。


「そんな身体を俺達は【入れ替わり体質】って呼んでる」


 そこまで説明すると笑顔を見せてくれる麗華れいかさん。だが2人の娘達はウチに目を合わそうとはしなかった。どうしたのだろう? むしろ恥ずかしそうにも見えた。


「とりあえず見てもらおう」


 そう言いながら麗華さんは立ち上がると、急に履いているジーパンを脱ぎ出したのだ。

 思わず「うぉっ」と声が出てしまったが、驚いているのはウチだけでオカンも冷静だし、子供達は床に目を落としている。


 ジーパンを脱ぐとそこにはショーツ……じゃなくって。え? トランクス……だと?

 つまり麗華れいかさんは、タンクトップにトランクスという凄まじくリラックスな恰好になってしまうと、


「ごめんね。このジーパン履いたままじゃ大変なことになるんで」


 何が大変なのか分からないが、オカンが急に笑い出すと、


「ちょっと見てみたい」とか言いやがる

「いやいや、マジで地獄絵図になるし、本当にケン〇ロウみたいにブチブチブチ~ってなってジーパンがお亡くなりになるから」


 何だかほのぼのとした会話だが笑ってるのはオカンと麗華れいかさんだけ。

 連れ子連中はお葬式よろしく黙ったままだった。

 そして麗華れいかさんが正座に座り直すと、ウチをじっと見つめるのだった。


「いい? 加奈子かなこちゃん。これから起こること。あんまりビックリしないでね」


 そう言いながら麗華れいかさんは目を閉じる。

 もう一度オカンが手を握ってくれると、麗華れいかさんはこう言った。


「今から男に入れ替わるから見てて。これが黒澤くろさわ家の秘密。入れ替わる瞬間だ」 



 ※


 結果から言うと、凄かった。その一言に尽きる。


 さっきまですげー美人な女性だった麗華れいかさんの身体が徐々に変わり、髪の毛が短くなり、体型も胸がなくなったかと思えば一回り程大きくなったのだ。


 ウチの目の前で女性が……男性に変わっていく。その間30秒ほどだった。


 その間ずっとオカンが凄い力で手を握ってくれてたのは有難かった。そのおかげで身体がガクガクと震えるだけでその一部始終を見ることが出来たのだ。


 目を開けた麗華れいかさん。完全にイケメソナイスミドル親父になってしまい笑顔を見せる。


「初めまして加奈子かなこちゃん。男の場合は黒澤くろさわ玲斗れいとと言います。よろしくお願いします」


 深くお辞儀をした玲斗れいとさんにオカンも同じく頭を下げた。と同時に連れ子2人も頭を下げるので条件反射的にウチもお辞儀するのであった。


 マジかオカン。こんなイケ中年をよくぞ射止めたのお。それが不思議でならぬ。


「色々と突っ込み所があると思うけど、一気に説明しても中々理解できないと思う。だから徐々に俺達家族の事を分かってくれたらいいから」


 確かにどこから突っ込めばいいのか分からない。目の前で女性が男性に変身したのはいいのだが、一体どういうこと? あり得ねぇだろ。

 女が男に変化しただと? いあ、現に目の前で女性が男性に変わっちまったじゃねーか!


 ますます混乱してくると「ごめんね加奈子かなこ」とオカンがマジ顔を見せてきた。


「私が説明してもアンタきっと信じなかったでしょう? だからお母さんからは説明しなかったのよ。玲斗れいとは「見てもらった方が早いし俺達が娘さんに説明してくれる」って言うから……」


 確かに、こんなことを口頭だけで説明されても100%信じられねーよ。その辺はウチに配慮してくれたのかもしれないけど、今まさに目の前で見せられたとしても、まだ信じ切れてねぇんだよ!


 女が男に変わる? いやいや、変わったよ。目の前で!

 無茶苦茶美人な女性がイケメンナイスミドル親父になってるじゃねーか!

 しかもタンクトップにトランクス姿というラフな格好で。


「さぁ~て。どうする? 俺が説明していく?」


 低い声だった。つまり男の声である。

 この部屋には男は玲斗れいとさんしかいないので、義理のお父さんがそう言ったらしい。


「いや、俺が説明する」


 今度は高い声ではあったが、口調は玲斗れいとさんとそっくりだった。

 ん? 今、「俺」って言った? 誰が? 目の前にいる女の子だよね? 


 しばらく間があったが礼斗れいとさんが「分かった」と返事すると立ち上がり、オカンに手を差し出す。


「じゃあ楓蓮かれん。あとは任せた。加奈子かなこちゃんに説明してやってくれ。華凛かりん。お前もちゃんと加奈子かなこお姉ちゃんに教えてあげてくれ」


 え?


 そう言って玲斗れいとさんはオカンを連れてリビングから出て行こうとする。どうやらオカンと部屋の間取りがどうたらこうたら……などと話しながら部屋からいなくなってしまった。


 取り残された連れ子同士。大きい方の女の子と目が合うとニコっと笑ってくれた。


「じゃあまず自己紹介しますね。私は白峰しらみね楓蓮かれんと言います。よろしくねっ」


 改めて自己紹介されたのなら、改めて自己紹介し返すというのが礼儀というもの。


「こちらこそっ……よろしくお願いします。三輪加奈子みわかなこといいます」


 楓蓮かれんちゃんね。この子がウチと同じ年なのか? いあ絶対無理があるぞ。


 大人びてて、むっさ美人で女子大生とか社会人と言っても普通に通るレベルなんだけど本当に同じ年?


「ほらっ!華凛かりん


 楓蓮かれんお姉ちゃんが妹に催促してる。つまり自己紹介をしろと言ってるのだろうが、急に楓蓮かれんお姉ちゃんの後ろに隠れてウチの視線から逃れようとしてた。


「ごめんなさいっ、この子凄く恥ずかしがり屋さんなので」


 まぁ分かる。ウチがチラチラと見る度に凄く挙動不審になってたからな。ウチも相当シャイな方なので、華凛かりんちゃんの気持ちが嫌というほど分かる気がするのだ。なので「だ、大丈夫だよ」と必死に笑顔を作って余裕ぶって見せた。あぁそのくらいしか言えねぇんだよ……ウチもコミュ障患ってるんで、すまぬ!


 結局華凛かりんちゃんは楓蓮かれんお姉ちゃんの背中に引っ付きながら首に巻き付いてこちらを伺っている。あまり彼女の顔を見ない方が良いだろう。「そのままでいいですよ」と小さな声で返すと、何度もすいませんと謝るお姉ちゃん。こりゃ相当シャイな妹ちゃんみたいだな。


 だがそれがいい。そんな様子の妹ちゃんを見て陰キャ特融の「同じようなヤツ」属性が発動。逆に心身ともに余裕が生まれるのだった。


 まぁそれも一瞬だけだったんだけど。


「でも俺。凄くビックリしましたよ」


 ん? そこで何で「俺っこ?」などと思ったが、楓蓮かれんお姉ちゃんが続ける。


「まさか同じ高校の同じクラスだったなんて」


 んん? どういうこと? いやいやいや。ウチのクラスに楓蓮かれんお姉ちゃんみたいな美少女はいなかったよ? 


「え? お姉ちゃんとお姉ちゃん。同じクラスなの?」


 あ、妹ちゃんが喋った。可愛い声だなおい。その返答に対して楓蓮かれんお姉ちゃんは、まだ意味が分かっていないような顔をしてるウチにニコ~っと微笑みながらこう言った。


「ほら、一番後ろの席にいた黒澤くろさわれんって男いたでしょ? あれが男の時の俺です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る