第23話 死刑回避
ヴァルターの剣先がアランの喉元を突き破った。
血飛沫が舞い、返り血を浴びながらもヴァルターの剣を持つ手はそのまま、地面へ突き立てるようにグッと力を込め、白目を剥き、半開きの口から血を溢し続けるアランの顔をじっと見つめている。
その顔は憎しみと、悔しさが入り混じったような、見ていて胸が苦しくなるような、そんな悲しい表情だ。
「もうやめろ、ヴァルター。……死んでる」
「……あぁ」
我に返ったヴァルターはようやく剣から手を放したが、相当な力が込められていたのだろう。剣先は地面に突き刺さり、手を離れたにも関わらず突き立ったそのままの状態を維持していた。
横たわるアランの首に剣が突き立つその異様な光景はヴァルターのアランへ対する憎しみを象徴させるかのようだ。
「――あの、赤い髪の隻腕の男です!」
「――取り押さえろ!!」
観衆の誰かが衛兵を呼んできたらしい。ヴァルターは複数人の衛兵達に囲まれ、取り押さえられた。
「おい!お前も来るんだ!」
「え?俺も?」
「当たり前だ!お前も仲間だろ!?事情を聞かせて貰う」
ヴァルターの近くに居た俺までも衛兵によって身柄を拘束されてしまった。
「――え?勇者君……」
リーシャが心配そうな目で俺を見た。
どうやら、衛兵達はリーシャの身柄までは取り押さえない様子。
しかし、どうだ?
さっきのような事があった直後だ。リーシャをこの場に一人にさせるわけにはいかないだろう。
日本とは違い、この世界は治安が悪い。
俺の居ない間にリーシャが
「事情は話す。ただ、連れも一緒にいいか?」
「あぁ、構わん。よし、行くぞ」
◎●◎
冒険者ギルドの奥の部屋にて事情聴取を受けた俺はここまでの経緯を話した。
最初に剣を抜いたのはアランの方で、俺はその正当防衛という名分でアランを倒したという事。
あくまで殺しには参加していない事。加担もしていない。そして、ヴァルターの仲間でも無いという事。
これらの俺の主張は認められ、なんとか事なきを得る事ができた。
「良かったですね。信じて貰えて」
「そうだな」
ただ……
「ヴァルターさんは、どうなるんでしょう?」
「A級冒険者を殺したんだ。ほぼ間違い無く死罪だろうな」
「……そんな」
分かってる。
悪いのは全てアランだ。殺されたのも自業自得だ。だが、〝A級冒険者殺し〟つまりは〝格上殺し〟の罪は重い。
「死罪を免れるには、情状酌量の余地を訴える事しか無いか……」
ヴァルターのあの話を聞いてなければこんな思いも起こらなかった。
きっと、リズはヴァルターにとって大切な人だったはずだ。
俺にとってリーシャがそうであるように。
リズをリーシャに置き換えて考えると、痛い程にヴァルターの気持ちが分かる。
俺でも殺す。自分より強く、殺したくても殺せないその相手が無防備に横たわるなら、俺もまったく同じ行動を起こす。
こんなチャンスは二度とないと、躊躇なく殺す。
「何とか助けてあげられないのでしょうか?」
リーシャが懇願するような目で俺を見る。
「あぁ。そうだな。少し足掻いてみるか」
決して人殺し自体を肯定するわけじゃない。しかし、アラン、あいつは殺されても文句が言えない程の事をしてきている。
むしろ被害者はヴァルター、ひいてはリズの二人だろう。
こうして俺はヴァルター救出を決意するのだった。
◎●◎
やって来たのは、ここイグラシア伯爵領を取り仕切るイグラシア伯爵邸。
とりあえずは正門の側に立つ門兵へ話し掛ける。
「すまないが、イグラシア伯爵に会わせて欲しいのだが」
俺の話し掛けに対して門兵はジロリと睨んできた。まぁ、無理もないか。アポ無しでいきなり領主様と会わせてくれだなんて、そんなのが簡単に通用するわけがない。
――なので、
「そ、それは――賢者の首飾り!! どうぞ、こちらへ賢者様」
そう言ってすぐに態度を一変させた門兵は俺達を屋敷の中へと案内したのだった。
そこからトントン拍子。
すんなりとイグラシア伯爵と会う事ができた。
そして俺は冒険者ギルドでのあの一件について、ヴァルターがアランを殺した動機を説明した上で情状酌量の余地がある事を訴えると、イグラシア伯爵もそれに頷いてくれた。
結局イグラシア伯爵は情状酌量の余地がある事を認めた上でヴァルターを死刑にはしない事を約束してくれた。但し、ヴァルターが殺しを働いた事は事実である為、無罪とまではしないとの事。
情状酌量を加味した上でしっかりと裁判を行い、適切な量刑を課すとの事らしい。
俺としても、ヴァルターの無罪まで願い入れるつもりは無かったし、むしろイグラシア伯爵の主張は正しいと、その判断に俺も納得したのだった。
◎●◎
交渉を終え、屋敷から出る頃にはもう、空は夕陽に焼けていた。
「ヴァルターさん、死刑にならなそうで良かったですね」
「あぁ、そうだな」
「ふふ」
リーシャが何やら嬉しそうに笑っている。
「何だよ。ヴァルターが死刑にならない事がそんなに嬉しいのか?」
「その事もそうなのですが、何より、今こうして勇者君の隣りを歩けてる事が幸せに思えて」
「は?なんだよそれ」
「ふふ……本当、何言ってるんでしょうね私」
リーシャが俺を見て微笑む。
俺にはその微笑みの意味が理解できずに一人首を傾げていると、
「勇者君。今日も私の事を守ってくれてありがとうございます」
そう言いながらリーシャが手を繋いできた。指と指を絡め、優しい力でぎゅっと握ってくる。
そしてさらに、リーシャは言葉を続けた。
「リズさんはきっとヴァルターさんの事が好きだったんだと思います。自分の事を命懸けで守ろうとしてくれたヴァルターさんの事を。結局は死んでしまったけれど、でもリズさんは幸せだった。私はそう思います」
リーシャを見ると涙を浮かべていた。
残酷な結末を迎えてしまったリズへ、せめてそうであって欲しいと、リーシャの願いが込められた見解だろう。
「そうだな」
リーシャの繋ぐ手がぎゅっと更に強くなるのを感じながら、俺は俺で、この命が続く限りリーシャを守り続ける事を心に誓うのだった。
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