第22話 アランの顛末

 ――ガシャン……


 アランが崩れ落ち、その際の鎧の摩擦音だけがギルド内に響き渡ると同時にその後は静寂がその場を支配する。

 周囲の人間は何が起こったのか分からないといったような様子で、ポカンとその場に立ち尽くし、暫く経つと、ハッと我に帰ったように、アランのパーティーメンバーの一人がアランのもとへと駆け寄った。


「――アラン様!!」


 すると、他のパーティーメンバーも遅れてアランの周囲に集まった。


「アラン様!!しっかりなさって下さい!」

「アラン様……きゃっ!!――白目……」

「――え?……ていうか、何?この黄色い液体……って、これってもしかして――」

 

「「「「――きゃ!!」」」」


 アランの股間から漏れ出した不吉な液体に気付いたパーティーメンバー達は一斉にアランから距離を取った。


「アラン様……もしかして、お漏らし?」

「え……嘘……」


 女性メンバー達は肩を寄せ合い、ドン引きした表情で横たわるアランに冷ややかな視線を送っている。

 

 唖然と言葉を失っていた他の見物客達の声も徐々に上がるようになってきた。


「あのアランを一瞬で倒しやがった……」

「一体、何が起こったんだ?A級冒険者のアランを瞬殺するなんて!あの男、一体何者だ!?」

「それもそうだけどよ。見ろよあれ。アランの奴気ぃ失った上に漏らしちまってよ(笑)」

「……へっ!今まで散々悪どい事してきたんだ、罰が下ったのさ!ざまぁねぇぜ!」


 そんな声が聞こえる中、見物客の中から一人の冒険者らしき、左腕の肘から下を失くした、隻腕の男が俺の方へ歩み寄って来た。


「俺の名前はヴァルター。俺はあんたに礼が言いたい。ありがとう。あんたのお陰で……俺はあいつの仇を取れる」


 ヴァルターを名乗った隻腕の男は赤髪短髪、二十代後半と思われる少し渋めの風貌だ。

 それに、高身長、筋肉質、背中に大きめの剣を携えた、見たところ結構な手練れと思われる。

 

 そして今のヴァルターの言い草から推察するに、おそらくだが、アランから何か苦汁を飲まされたような経験があるのだろう。

 あそこまで執念深く、しかも武力行使までしてきたアランだ。相当な酷い仕打ちを受けのだろう。


「……少しでも気が晴れたのなら良かったよ。で、ちなみにだが、このアランという男と何があったのか、もし気に触らなければ聞かせてくれないか?」


「あぁ。でも、この辺じゃ見かけない顔のあんたには、まずはアランという男について話す必要がありそうだな。 アランはとにかく見目の良い女、自分の気に入った女は必ず手に入れないと気が済まない男でな。実際あいつを取り巻く女は皆、アランから目を付けられた女達で、既に他のパーティーに所属してようがお構い無しに力ずくで奪い取り、集められたのが、アランのパーティーだ。そして、俺の仲間――リズも奪われてしまった……。リズはここらでは名の知れた美人でな。そして、リズと俺は幼馴染だった。リズは見かけによらず好奇心旺盛でな。ある日リズは冒険者になりたいと、俺を誘ってきたんだ。その時から俺はリズの事は俺が一生守ると心に決めた。俺は冒険者として名を上げようとか、成り上がろうとかは一切興味はなかった。ただ強くなる為、リズを守れるだけの力を欲してきた。努力もした。……でも、結局俺はリズを守る事が出来なかった。俺はアランに負け、リズはアランのパーティーへ行く事となった。この腕はその時のやつだ」


 ヴァルターはそう言って残る左肘から上を挙げて見せると、話を続けた。


「それから、リズがアランのパーティーへ行ってからひと月くらいした頃、リズが死んだ事を風の噂で聞いた。何でも、高難易度ダンジョンの攻略中にS級魔獣に出くわしたらしく、アランパーティーは苦戦を強いられ、結果リズを囮に使われ、そのお陰でアランを含む他メンバーはその場から脱出に成功した。後日、捜索隊が発見したのは大量の血痕とリズの髪飾り、それとリズのものと思われる少量の肉片が見つかったそうだ」


 想像を遥かに超えた胸糞エピソードに返す言葉が見つからない。

 もしも、リーシャがリズのような目に遭ったらと思うと、ヴァルターの悔しさや辛さ、アランへの憎しみが自分の事のように込み上げ、目にも熱いものを感じる。


 俺の隣りにいるリーシャもまた涙を流している。


「……悪かった。辛い話をさせてしまったな……」


「いや、いいんだ。むしろ、ありがとう。泣いてくれて。優しいんだな。……強くて優しい。俺の目指した男はあんたのよう男だよ。それに、お嬢ちゃんも。その子の事、しっかりと守ってやれよ――」


 ヴァルターは最後、俺とリーシャへ笑みを浮かべると、すぐに表情を真顔に戻し、すぐ足元で横たわる未だ白目を剥いたまま仰向け状態のアランの方を見た。

 その目はまるで、何か覚悟を決めたような、迷いのない目をしていた。


「……地獄へ落ちろ。クソヤロー」


 そう呟いた直後、背中の剣を手早く抜いたヴァルターは、その剣先を躊躇なくアランの首元へ突き刺した。


「「「きゃーー」」」」


 周囲の人々の悲鳴がギルド内に響き渡った。

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