第21話 A級冒険者アラン

 ギルド内は冒険者と思しき戦闘装備を身に纏った人々で賑わっていた。

 入り口からまっすぐ、中央に受け付けカウンター、右側にクエスト依頼の掲示板、左側に広々とした食堂と思しきスペースがある。


 そんなギルド内に一歩足を踏み入れた瞬間、大勢の冒険者達が一斉に俺達の方を見た。

 値踏みするような、そんな鋭い視線だ。


「ひぃ……」


 見ると、隣りのリーシャが肩を顰め怯えている。


「怯えなくて大丈夫だ。俺がついてるから」


「はいぃ……」


 入ってまっすぐ、受け付けカウンターまで歩を進める途中、


「やぁ。美しきお嬢さん」


 誰かがリーシャに声を掛けた。


「……ひぃ!?」


 怯えたリーシャの上擦った声と共に俺もその声の方へ振り向いた。


「僕はA級冒険者のアランだ。そしてこっちがエリーで、こっちがエリザベス。それでこっちがローラで、こっちがスーザン。そして僕はこのパーティーのリーダーをしている」


 自己紹介、並びにパーティーメンバーの紹介をしたこのアランという男だが――男にしては若干長めのサラサラ直毛の金髪に、美形で整った顔貌。これぞイケメンといった風貌だ。

 頭には如何にも〝勇者〟をイメージさせたような、なんともダサい冠を付けていて、これまた派手でダサい黄金の鎧を身に纏っている。


 そして、そんなA級冒険者アランを取り巻くのは、見事なまでのハーレムパーティーだ。


 もう、この後の展開がおおよそ予想できてしまった。

 

「……A級冒険者……。そ、そんな凄い御方が私に何の用でしょうか?」


「君を僕のパーティーにスカウトしたいと思ってね。どうだい?」


 ほらね。来たよ。

 見るからにコイツは無類の女好きで、そんな奴の目にリーシャの美貌が止まらないはずがない。


「いや、でも……私、困りますぅ……」


 リーシャから救いを求めるかのような視線がチラリチラリと送られてくる。


「君の悪いようにはしないよ!何せ僕はA級冒険者だからね!!」


 『A級冒険者』を殺し文句に使うアランだが、その誘いにリーシャは明らかに困惑している。

 こんなナンパ野郎、無視すればいいものを……どこまでお人好しなんだこいつは。


 はぁ、仕方ない……。


 見兼ねた俺は口を挟む事にした。


「こいつは俺の仲間だ。悪いが他を当たってくれないか?」


「あ?」


 これまでの優しい微笑みから一転、鋭い目つきで俺を睨むアラン。


 今のコイツの目。

 男を見る目と、女を見る目がまるで違う。

 よっぽど女好きなのだろう。


「悪い。聞こえなかったか? 他を当たってくれ、と言ったんだが?」


「ほう。このA級冒険者である僕に楯突くつもりか?言っておくが、僕は強いぞ?なにせ僕は、あの〝歴代最強〟と謳われる勇者エーデルさえ居なければ〝勇者〟を名乗っていたのはこの僕だったんだからな!!」


 楯突く奴には即座に武力行使を示唆……か。相当ヤバい奴だな。


 にしても――かつての勇者候補者だったとはな。

 ここで俺が勇者エーデルだとバレるのも中々に面倒なので、笑いそうなのを堪えて平静を装う事にする。


「……へ、へぇ〜。だから?」


「ふっ。頑張って平静を装ってるようだが、顔色が引き攣ってるよ?」


 笑いを堪えてんだよ、バカ!


「とにかく、俺の連れは嫌がっているんだ。他を当たってくれないか?」


「このA級冒険者である僕の誘いをこの子が嫌がっている?!?はは。まるでこの子が僕を差し置いて君を選ぶかのような言い草だね。そうか。そこまで自信があるのなら聞いてみようか。……ねぇ、君――」


 アランは女へ向ける用の色目へと切り替えると、リーシャに声を掛けた。


「――は、はい!?」


 俺とアランとのここまでのやり取りを、あわあわと落ち着かない様子で見ていたリーシャは急に掛けられた声に驚いたように目を見開き返事をした。


「君はこの男と、A級冒険者であるこのアラン様と、どっちとパーティーを組みたい?」


「そ、そんなの勇者君に決まっているじゃないですか」


 即答だった。

 そしてリーシャは俺の腕にしがみ付いた。――ていうか、リーシャさん!?

 ここで『勇者君』は不味くないか?


「は?勇者?」


 ほら!言わんこっちゃない!

 アラン以外の野次馬冒険者達も今のリーシャの発言にポカンとしている。


「……ふ、ふははは!!まさか君はこの子に『自分が勇者』などという妄言を吐いていたのか!?凄いな君は!!僕は君ほどの残念な男を見た事が無いよ!!……ふはははは!!」


「なんだ。そういう事か」

「そうだよな、こんな所に勇者ともあろう者が居るわけないよな」

「一瞬本物の勇者だと思って、ちょっと期待しちゃたわ」


 アラン同様、野次馬達も俺の虚言だと思い込んでくれたらしい。


 ――ふぅ。助かった。

 ただ、ここまでホラ吹き呼ばわりされるのはいささか腹も立つが……まぁ、いい。言いたい奴には言わせておけばいい。とにかく俺は目立たず穏便にこの場を潜り抜けたい。

 俺は表情変えず、無言でアランへ対して背を向けると受け付けカウンターへと歩き出すが、


「さては君、無類の女好きだな?可愛い女の子と一緒に冒険がしたい、ただそれだけでその子をパーティーメンバーに選んだんだろ!?」


 と、背後からアランの言葉が飛んできた。リーシャを逃すまいというアランの執念のようなものを感じる。……本当、しつこい奴だ。


 さすがにムカついた俺はアランへ向き直ると、アランはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、再びリーシャへ色目を向けた。


「ねぇ、君。この男の口車に乗せられちゃダメだよ?今すぐこの男から離れて僕と一緒に来るんだ!僕が君を助けてあげるから、さぁ――」


 と、無理矢理リーシャの手を掴んで引っ張るアラン。


「――ちょっと、やめて下さい!!」


 と、リーシャはアランの手を振り解くと、アランの顔が怒りの形相へと変貌していく。


「――んのっ、クソ女がぁ!!このアラン様が誘ってやってるんだ!尻尾振りながら黙って僕に付いて来ればいんだよっ!!――ほら!来いよ!!可愛がってやるからさ!!」


 再びアランがリーシャの手を取ろうとしたところを、俺が身を挺してそれを阻止すると、遂にアランは腰に携えている剣に手を掛けると、


「邪魔だよ……お前」


 そう殺意の籠った目で刃を抜いた。


 ……ここまでくると、さすがに行き過ぎたものがある。少し痛い目に遭わせてやる必要がありそうだ。


 俺はアランが剣を抜いたと同時に不可視の霧ブラックカーテンを、俺とリーシャとアランだけを取り囲むように展開する。(リーシャは俺にしがみ付いたまま密着している為省けなかった)


 今のこの状況で俺とリーシャ、アラン以外の人間は俺達の事が見えない。

 

 で、何故こんな状態にしたかと言うと、


――《地獄夢想ヘル・ファンタジー


 俺の瞳術発動時の瞳を周囲の人間に見せない為。見たらその者まで地獄の夢を見る羽目になるからだ。そして、リーシャはアランの方を向いている為その対象にはならない。

 つまりこの状況、俺の瞳を視界に入れたのはアランのみ。


不可視の霧ブラックカーテン――解除》


 ちなみに、アランが剣を抜いてからここまでの所要時間は1秒にも満たない。ゆえに、野次馬ギャラリーからすると一瞬俺達が姿を眩ませた事さえ分かった者は少ないだろう。


 ――ゴッ、ガシャン……


 そして、アランは白目を剥いて膝から崩れ落ちたのだった。


―――――――――――――――――――

作者より


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また、明日から毎日投稿でははなく、不定期更新とさせていただきます。

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