第19話 喧騒の中の決意表明
「部屋は、一部屋でいいかい?」
宿屋の男店主が俺とリーシャを交互に見て冷やかすような笑みを浮かべて訊ねてきた。
一応金はそれなりに所持してはいるが、これから長い旅路になる事を考えれば出費は極力避けたい。
とはいえ、一夜を同じ部屋で、しかもリーシャみたいな超絶美少女と過ごすのも何だかなぁ……。
何かあるかも?的な期待感よりも、ただ悶々とむしろ辛い夜になる事しか想像できない。
てか、どうせ何も無いし、する勇気もないし……。
「リーシャは俺と同部屋はやっぱり嫌だろ?」
「……別に。ていうか、私はお金持ってませんのでそもそも私に選択権はありません。むしろ、宿に泊めて貰えるだけでありがたいです」
少し怒っている?
先程からのリーシャのどこか投げやりな物言いが気になる。
「そうか。まぁ、なんだ……。宿を取る度に毎回二部屋取るのも資金的に厳しい。申し訳ないが一部屋でいいか?」
「えぇ、私はそれで構いません」
リーシャの無表情、端的な返事。やはり様子がおかしい。
いつもなら会話を交わす以外の時ですらも笑顔を絶やさず天真爛漫なのに……。やはり何か怒っているようだ。
やはりアレか?不可抗力とは言え、リーシャの大事なナニを見られてしまった事への不快感からくるものなのか?
「まぁ、なんだ……。心配せずとも変な事はしないから、安心しろ?」
俺は出来るだけリーシャのご機嫌を取るような、少し冗談っぽく笑顔を混じえて言った。が、やはりリーシャの顔に笑顔は戻らない。
「えぇ、もちろんです。そもそも勇者君は私の事なんかまったく眼中に無いでしょうし、そういった変な心配は一切していませんので、お気遣い無く」
今の言葉にハッとする。
俺はひょっとして、まったく見当違いな所に目を向けているのか?
リーシャが怒っている原因はあの事ではなく……
『――私を勇者君のお嫁さんにしてくれる事でその責任は果たされます』
『……まったく、何を馬鹿な事を言っているんだか』
いや、まさかな……。でももし、冗談だと思って軽くいなしたあの言葉が原因だったとすれば……。
そう考えた瞬間、鼓動が大きく跳ねた。
そこへ、これまでのリーシャとのやり取りを見ていた宿屋の主人が一言。
「おいアンタ、もしかしてヘタレか?」
「…………(うるせぇ!!クソ親父!!外野は黙ってろ!!)」
という目で店主を睨んだ。
◎●◎
宿屋代を支払い、部屋へ入るとすぐに俺達は寝床へと入った。
もちろん、寝床は別。
ベッドはリーシャに譲り、俺はソファに寝ている。
俺は悶々とするどころか、リーシャの機嫌を如何に治そうか、それしか考えていない。
思い出されるのはあの台詞……。
『私を勇者君のお嫁さんにしてくれる事でその責任は果たされます』
俺は意を決して声を出した。
「リーシャ……起きてるか?」
「……はい」
「……正直、リーシャが何に対して怒っているのか分からない。でも、その……。とにかく俺は、リーシャと仲直りがしたい!もしも、俺の勘違いだったらすまないのだが――」
「……夜ご飯」
「は?」
「今日はまだ、夜ご飯を食べていません」
「……えっと……まさかお前……」
昼食としては、この街に着いてすぐに肉の串焼きを食べたが、それからは何も食べずに今に至っている。
つまり、
「私、お腹が空きました……」
と、いう事らしい。
「だから不機嫌だったのか!?」
「……ごめんなさい、
「そういう事なら早く言ってくれよぉ〜。俺はてっきり――」
リーシャが本気で俺の嫁になりたいのかと思ったぞ。と、言い掛けて飲み込む。
「え?俺はてっきり?何ですか?」
「いや、そこはあまり深く掘り返さないでくれ……」
――恥ずかしいから。
それにしても、盛大な勘違いを犯してしまった。
リーシャが俺に本気で恋してるだなんて……マジで自意識過剰だった。
「大丈夫、分かってますよ。私のローブが風で煽られた時に、勇者君が私のやつを見ちゃたっていう、アレの事ですよね?その事で私が怒ったと思ったんですよね?でも、そんな事口に出してなかなか言えないですよね。私だって今こうして口にするのものすごく恥ずかしいですし」
――違う。最初はそうだったが、その後もっと恥ずかしい事を俺は考えていた。
そんな事とても言えない。
なので、
「ま、まぁな……」
そういう事にしておく。
「むしろ私の方が勇者君に謝らなきゃです。ごめんなさい。辛辣な態度を取ってしまって……」
「いや、いいんだ。それよりも、今からでも夜飯を食いに行かないか?」
「――いいんですか!?」
「あぁ、もちろんだ」
◎●◎
――ガヤガヤ……
酒場に来た。もちろん目当ては〝酒〟ではない。
既に夜も遅く、純粋な食事処は皆閉店しており、この時間帯で食事がとれると言えばここしかなかったのだ。
「すごく美味しいです!」
リーシャが笑顔でスペアリブに齧り付いている。
――ガヤガヤ……
そして、店内を支配するのは酒場独特の喧騒だ。
――ガヤガヤ……
「良かったな。しかし、腹が減ってあんなに機嫌が悪くなるなんて、魔王のくせに子供っぽいんだな」
俺は揶揄うようにそう言うと、
――ガヤガヤ……
「――嘘ですよ……」
喧騒に紛れあまりよく聞こえなかったが、リーシャはおもむろにそう言った。……ような気がした。
「え?」
聞き返すとリーシャが微笑みながら俺を見据え、そして、口を開く。しかし――
――ガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……
「私、勇者君のお嫁さんになれるよう頑張りますから――」
――ガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……
酒場の喧騒に隠れ、その言葉を聞き取る事はできなかった。
だがそれはおそらくリーシャの打算で、俺に聞き取らせない腹積もりだったのだろう。たった今浮かべているリーシャの悪戯な微笑みがそれを物語っている。
「リーシャ。お前今わざと俺に聞こえないように言っただろ?」
「はい!」
いつもの無邪気で可愛らしいリーシャの笑顔。この笑顔が俺は堪らなく好きだ。
「何だよ!教えろよ!気になるだろ!?」
「敢えて言うなれば、『決意表明』です!それ以上は秘密です!」
―――――――――――――――――――
作者より
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