第18話 脱ノーパン

 アストロズ家を出てから徒歩でひたすら北上。中規模の繁華街へと辿り着いた。


 ここはイグラシア伯爵領領都。

 王都から離れるにつれ、俺を見て〝勇者〟だと認識する者も次第に少なくなってくる。

 長時間〝不可視の霧ブラックカーテン〟で己の姿を消すのもそれなりにしんどいので、ここらでやめておこうと思う。


 街に着いてすぐ、まずは露店で肉の串焼きを買って腹ごしらえを済ませ、次にリーシャのパンツを購入した。

 そして人気のない路地裏に入ると、そこで早速リーシャにパンツを穿かせた。

 〝穿かせた〟と言っても、断じて俺が穿わけじゃない。

 俺の背後に隠れる形でリーシャ本人の手でパンツを穿いた。


「……おぉ。これがパンツですか……なるほど、確かに優れ物ですね。何というか、安心感が得られるというか……」


 と、こうしてリーシャは〝脱ノーパン〟を果たしたのだった。


「良かったな」


 やれやれ。

 これで俺もヒヤヒヤしなくて済む……。でも、ほんのちょっとだけ寂しいというか、残念というか、もったいない事をしたというか、とても複雑な心境でもある。


 ともあれ、リーシャの〝ノーパン疑惑〟は〝事実ノーパンだった〟という事でパンツ購入をもってして一件落着。

 俺とリーシャは路地裏を出て、表通りを歩きだした。


「でも勇者君?」


 唐突にリーシャが俺を呼んだ。


「ん?」


「……やっぱり、見えてたんですね?」


 何がナニとは言わないが、何についての話かは理解出来るので、普通に答える。


「うん」


 ここへきて初めて正直に答えた理由は、リーシャへパンツ購入を薦めた時点で論理的にもうこれ以上とぼけるのが苦しいのと、諦めた時の俺の清々しい潔さからだ。


「やっぱり!もぉ〜!これで私はお嫁に行けなくなりました」


「そんな大袈裟な」


「ちゃんと責任取って下さいね?」


「責任?俺が?」


「そうです!何せ勇者君は私の全てを見て、知ってしまったのですから」


 まるで処女を奪われたかのような言い草だが、実際それ相応な事なのかもしれない。

 事故とはいえど、リーシャのアレを見てしまったのは紛れもない事実であり、もはや大事件だろう。パイ乙ならまだしも、ナニ乙はさすがにまずい……のかもしれない。


 確かに、見てしまった男は何らかの責任を取って然るべきなのだろう。

 エーデルとしても、もちろん謙也としても、女性に関する常識はゼロだ。

 なので、聞いてみる。


「俺は一体どう責任を取ればいいんだ?」


「それはもちろん、私を勇者君のお嫁さんにしてくれる事でその責任は果たされます」


 ――は?


 どんな無理難題を押し付けられるのかと思いきや、リーシャが俺の嫁?

 むしろご褒美じゃないか。


 ――あぁ、分かった。どうせこれもアレだろ?


 可愛い女特有の〝思わせぶり〟ってやつだ。

 

 〝モテる女〟=〝自己肯定力の強い女〟。こういう女程、こういった冗談が平気で言えてしまうのだ。ちなみに本人は無自覚だと予想する。

 

 とにかく、女は天邪鬼な生き物だ。そしてそれは可愛い子ほど強く作用する。


 ――俺の嫁?リーシャが?


 文字通りの冗談だろ。


 馬鹿馬鹿しい。


 そんな戯言に一喜一憂する俺ではない!

 ましてや、リーシャは俺に〝女に慣れる為の練習台〟を買って出てる身だ。

 仮に俺が今の申し出に喜んだところで、どうせまた『今のでドキっとしちゃうなんて、勇者君もまだまだですね』と、梯子を外されるのがオチだ。

 夢のような嬉しさから一転、現実へ戻された時の虚しさったら無い。

 

「……まったく、何を馬鹿な事を言っているんだか」


 俺はそう、素っ気ない態度で言うと、リーシャはプクッと頬を膨らませた。

 どうやら思った反応が得られなくて悔しがっているようだ。

 

(ふふ。加藤謙也として生きていた頃、何度もこういう目に遭ってきた俺だ。相手が悪かったようだなリーシャ)


 俺は内心でほくそ笑んだ後、


「日も暮れてきたし、そろそろ宿を探すか」


 と、ここまでの話題に一区切りつけた形でそう切り出すと、


「……はい、そうですね」


 どこかやさぐれたようなリーシャの口調が少し気になった。


―――――――――――――――――――

作者より


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