第14話 幻瞳術

【ゴロツキ視点】



『おい、俺の目を見ろ……』


 そう言われた直後、勇者エーデルの翡翠色の瞳が悍ましい真紅の瞳となり、俺の意識はそこから途絶えた。


 


 目覚めた時には俺は全裸ではりつけにされた状態にあった。

 赤い空に荒れた大地。まるで地獄を表したかのような悍ましい風景に恐怖心を煽られる。

 そこへ、


「――ッ!!」


 瞬き一回分を挟んで次の瞬間、目の前には勇者エーデルが立っていた。

 その瞳色は意識を飛ばす直前に見た悍ましき真紅の瞳。

 これはもはや〝勇者〟ではなく、〝悪魔〟と表現した方がしっくりくる。


「よう。そんなに恐がらなくていいんだぜ?」


 不敵な笑みを浮かべ、そう声を掛けてくる勇者エーデル。俺は恐怖のあまり声が出ない。


「――おいおい。小便すんなよ!汚ねぇな!」


 全裸にて動きを封じられ、目の前には悪魔が笑うこの状況。

 得た事のない恐怖に失禁し、勇者エーデルはそんな俺の無防備にぶら下がるアレを見つめ、口を開いた。


「お前さ。さっき、リーシャに何しようとしてたんだ?」


 まず〝リーシャ〟という名を聞いて、なるほど、やはりあの女は、最近噂の勇者エーデルの弟子にして絶世の美少女と謳われるその女だったのかと合点がいった。


 それを知った上で俺は勇者エーデルの今の問いに答える事ができない。

 何故なら勇者エーデルのこの怒りの形相、これは明らかにあのリーシャという女に対して弟子以外の特別な感情を抱いているようにしか見えないからだ。

 ひょっとすると、あのリーシャという女と勇者エーデルは既にデキているのかもしれない。

 

 どちらにせよ、『犯そうとしました』だなんて言えるわけがない。言ったら間違いなく殺される。

 とはいえ、あの状況を別の動機に置き換え、尚且つ納得させる事は不可能。

 もちろん、嘘をついたと判断された場合、瞬時に殺されるだろう……。


「――おい。答えろ」


 どう回答しても俺の命は無い。

 逃げ場が無い……。


「頼む……勘弁してくれ……」


 俺は恐怖に怯え、泣きながら首を振って許しを乞う。

 

「いいから、答えろ。――死にたくないだろ?」


 当然、勇者エーデルの追求は終わらない。そして、痺れを切らしたように背中の剣を抜く動作をし、

 

「わ、分かった!分かりました……正直に言います……あ、あまりにいい女だったんで……つい……」


「つい……?何だ?その先を答えろ!」


 抜き身の剣先がこちらへと向けられた。


 ――殺されるッ!!


 俺は極限の恐怖に耐えきれず咄嗟に、偽りなき真実をそのまま吐いてしまった。


「……お、犯そうと、しました……」


「そうか。まぁ、いい女とヤリたいと思うのは男の本能だからな。仕方ないと言えば仕方ない」


 勇者エーデルの反応は意外と穏やかだった。

 てっきり殺されると思っていた俺は安堵の笑みを浮かべた。


「あぁ……そ、そうだよ。当たり前の事、仕方なかったんだよ……ハハ……いくら勇者とは言えどもお前も〝男〟だ。なら、わかるだろ?俺の気持ち……」


 助かった……。

 俺はそう思った。

 しかし、そう思ったのはほんの一瞬で、


「……あ?わからねぇよ。レイプ魔の気持ちなんざ」


 その言葉の直後、視界の隅にあった、こちらへ向けられた剣先が揺れた。


 ――ヒュン……


 直後、冷たい何かが俺の股間を軽く撫でたような感触を得る。


 ――痛みは無い。が、戦慄が体中を駆け巡る。


 俺は恐る恐る視線を下の方へと落とす。

 するとそこには止めどなく吹き出す血液と、あるはずの自慢のシンボルが無くなっていた。


「ギャァアアアーーッ!!俺の、俺のチ◯コがぁーーッ!!」

 

「……さて、次はどこを切り落として欲しい?それとも――」


 ――ボウ!!

 

「火炙りなんてどうだ?」


 俺はこの後も延々と地獄を見せられた。

 極限の痛みと苦しみの中――早く死んで楽になりたい。

 そう思うが何故か命を落とす事はできず、俺の奇声のような断末魔だけがその世界に響き渡った。


「ギィィイイェェーー!!!」




 ◎●◎




【エーデル視点】


 

 レイプ魔ゴロツキ2人組との一件を経て、

 俺は再び魔法で姿を消し、リーシャはフードで顔を隠し、表通りへと出た。


「……すいませんでした勇者君。迷惑掛けちゃって……」


 リーシャは俯きながら謝罪を口にした。


「怪我は無かったか?」


「はい……」


「……気にするな。そもそも俺は迷惑だとか思ってないし、それに、そもそも俺の事を思っての行動だったんだろ?」


「えぇ……まぁ、勇者君の事を馬鹿にするあいつらが許せなくて……」


 そう、しょんぼりしたように言うが、俺はリーシャのその気持ちが嬉しかった。


「ありがとな。俺は正直嬉しかったよ……。」


 そんな正直な気持ちを伝えるとリーシャは、いつもの揶揄うような口調で、


「あれれ〜?もしかして、今度こそ私にときめいちゃいましたか?」


 と、姿を消す俺へ、顔があるであろう所へ予測を付けて振り向いた。

 

 そんなお調子者なリーシャへ、


「調子に乗るな!」


 と、一喝かますと、これまたいつもの如く「すみません……」としゅんとなる。


「本当に危ないからさっきみたいな行動は今回限りにしろ?ああいう馬鹿は放っとけ」


「はい。以後気を付けます。ところで、あの2人は大丈夫でしょうか?最後、白目を剥いて死んだようにぴくりともしなくなりましたけど……」


 あの2人の命の事を心配してるのだろうか?

 つくづく〝魔王〟というわりに優しすぎる。


「襲われた相手の命を心配するなんて優しいな」


「いや、そっちの心配じゃなくて。勇者君に〝同族殺し〟の汚名を着て欲しくないだけです」


 あぁ、そう言う事ね。


「安心しろ。リーシャの要望通り、殺しちゃいない。ただ、死ぬ以上の地獄を見せてやってる――現在進行形でな」


「……それってまさか……」


「あぁ。幻術に掛けてやった。それも最恐のやつだ。リーシャを泣かせた罪は大きい。それなりに苦しんでもらわないと俺の気が済まなかったからな」


 幻瞳術――目を合わせた対象に幻術を掛けれるこの力はその字面通り〝瞳術〟に分類される。


 一般的に広く使われる剣術と魔術とは違い、瞳術を扱える者は非常に少ない。

 

 そして、先程ゴロツキ共に掛けた幻術はもちろん地獄の幻。

 その有効時間は大体1時間ほど。しかし、幻の世界での体感時間は約1年。

 その間、対象者は幻の世界で、死ぬ事も出来ずただひたすら地獄を見せられる。

 そして、起きた時にはもはや廃人となっている事だろう。


「……あの人達一体どんな幻を見てるんだろ……?」


「さぁな。……ただ、死ぬ方がよっぽどマシって思える程の地獄である事は間違いない」


「こわ〜……」


―――――――――――――――――――

作者より


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