第11話 〝彼女〟ってこんな感じなんだろうか?

 『――この身体ごと練習台として使って下さい』

 

「――身体ごと練習台って、どう言う意味だよそれ……」


 リーシャが最後に言った意味深な言葉のせいで、結局一睡も出来ずに朝を迎えてしまった。




 ◎●◎




 何はともあれ、ゼローグを倒すという新たな目的を得た俺は今後の展望について思考する。


 まず、エーデルとしての知識の中に、魔界は人界の果ての向こう側にあるらしい。

 そもそも、この世界は魔界と人界とに分かれ、その境界線がこの戦争の最前線となっている。

 

 構図としては魔族側が人界へ侵攻し、人族はそれを防衛するような形だ。

 そしてこの攻守の形はずっと変わっていない。


 その理由として、魔界は強力な結界に守られ、魔族以外の者は魔界へは入れないようになっている為だ。


 その難攻不落の結界がある限り、こちらからは叩けない。

 だからこそ、人界へ降り立った魔王リーシャの討伐に人族は躍起になったのだ。

 

 魔界の王〝魔王〟を倒せさえすれば形勢は大きく変わると信じて。


 だが、人族のその思惑は叶わない。

 何故なら事実上の魔王はゼローグであり、こいつを倒さない限り何も終わらないからだ。

 そして、もちろんと言うべきか、ゼローグは魔界にいる。

 そもそも、安全区域を出てわざわざ敵陣のど真ん中に陣取る総大将がいるわけがない。

 

 推察するに、ゼローグは魔界を掌握する上で真の魔王であるリーシャに魔界にいられては不味かった。だから人界へと追い出したのだろう。強力な護衛を付けて。


 そして今、魔王リーシャは勇者によって討伐された。(嘘だけど)


 真実を知らない人族側は今まさに歓喜に沸く真っ只中。

 一方、魔族側の大将、ゼローグにとっては愛する花嫁候補が殺され、さぞ怒りに震える事だろう。


「さて、では動くとするか」


 俺はベッドから起き上がると、国王のもとへと向かったのだった。



 ◎●◎



 玉座の間にて、

 俺は国王へ旅に出たいとの旨を伝えた。


「そうか。其方がそう言うのであれば致し仕方ない。無理に引き留めるわけにもいかんからな」


「折角のご厚意を無碍にしてしまい申し訳ごさいません」


 俺はそう頭を下げた。


 魔王さえ倒せばこの戦争は終わる。

 人族は皆そう信じているが、真実は全く違う。

 最前線では今も熾烈な戦いが繰り広げられているはずだ。


 ここから魔界までの距離は行くまでに年単位の時間を要する。

 ゆえに今はまだ魔王討伐の情報は最前線まで届いていない。そしてその逆も然り。

 今も最前線では変わらず熾烈な戦闘が続いている事をイーリア国王はまだ知らない。

 

 だがこれがもし、情報が全土に行き渡った時だったら――『何故魔王を討伐したのに魔族は退かない?』『まさか魔王討伐は嘘だったのか!?』『魔王討伐の証拠を見せろ!魔王の首を持ってこい!』などなど、追求されだろう。

 

 とはいえ魔界までの距離の事を考えればそのような事態になるまではまだ時間的余裕はある。

 なのでその頃合いまで食客として、ここでのんびり過ごすのも有りなのだが……。


 昨夜リーシャにあれほどカッコつけた手前、食客扱いに甘えるのも何だかなと。

 それに、いつどのタイミングで恐れた事態になるかも分からない。なので早めに姿を眩ませようと判断したわけだ。


 こうして俺とリーシャは国王やその他多くの要人、民衆達に見送られながら旅路についたのだった。




 ◎●◎

 



 イーリアの王宮は広大で美しい草原の中に建っている。


 俺とリーシャは王宮を出てすぐ、その広大な草原の中を走る一本道に沿って歩いているところだ。

 道の先、遠くに見えるのは王都の栄えた街並みだ。


 快晴の下、そんな気持ちのいい景色の中を俺とリーシャは肩を並べて歩いている。


「ふぅん♪ふぅん♪ふぅん♪」


 隣りを見ると、リーシャは鼻歌混じりにニコニコとした笑顔で大変ご機嫌な様子である。

 ちなみに、右手には魔法の杖を持ち、黒いローブを羽織り、その姿は魔王城で初めて会った時と同じだ。


「ご機嫌だな」


「えぇ。そりゃあもう!こんな解放感を得たのは久しぶりですからね〜」


 そう言うとリーシャは両手を大きく広げて伸びをした。


「そうか。300年もの間ずっとあの場所にいたんだもんな」


「えぇ。なので勇者君には私、本当に感謝してるんです!」


 リーシャはそう笑顔で言ったが、俺としてはその感謝が少し的外れな気もして。


「そもそも助ける目的で魔王城あそこへ行った訳じゃないんだがな。むしろ、俺はお前を殺すつもりだったわけだし、そこまで感謝されるのも俺的にはちょっと違和感を感じてしまうんだがな」


「でも今回魔界を目指すのは私の為ですよね?」


「……まぁ、それはそうだな」


 リーシャの問い掛けに俺は照れ隠しに顔を背けて答えた。すると、


「――!?」


 ふと手を握られ、そのまま指を絡められ、恋人繋ぎのような形へ。

 驚いた俺はリーシャの方へ振り向くと、そこにあったのは――最凶美少女による、悩殺スマイル。


「この程度の事で照れちゃうんですか?本当、鍛え甲斐がありますね。勇者君は」


 と、リーシャはその笑顔のままに揶揄うよう言ってきた。

 

「て、照れてねーよ!? てか、鍛えるって何の事だよ!?」


「あらら、もう忘れちゃったんですか?昨夜言ったじゃないですか。勇者君の女不慣れを解消する為に私が人肌脱ぐって事を」


 人肌って……。

 こいつ、ちょいちょいエロいんだよな。……いや、違うか。俺がそういう目でこいつを見てるんだろうな。

 ――だって仕方ないだろ?


 『――この身体ごと練習台として使って下さい』


 あんな事言われたら否が応でも意識してしまう……。


 ――ただ、この青空の下、何も無く草原だけが広がる美しい大地を女の子と手を繋いで歩く。

 

(……なんか、良いな……こういうの)


 前世の頃、あまりにも無縁だった為に憧れる事さえしなかった〝彼女〟という存在。


(……もしかしたら彼女の温もりってこんな感じなのかもしれない)


 そんな事を思いながらリーシャの手を握る力をキュッと少しだけ強めた。


「あぁ。そうだったな。なら、お言葉に甘えて宜しく頼むよ」


「はい!」


 俺はこの笑顔を守りたい。

 この笑顔をずっと見ていたい。

 

 俺はただただ、そう思うのだった。


―――――――――――――――――――

作者より


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