第9話 この笑顔を守りたい

「さっきも言ったように、ゼローグは全てを〝力〟で解決しようとします。そんなゼローグだからこそ私の目指すものを人質として取ったんです。『お前が素直に俺の女になりさえすれば人族と仲良くしてやる』と。」


 いやいや、本当馬鹿だな。そのゼローグという奴は。


 好きな女の子の気を引きたいが為にそんな事をして、それが逆効果になる事くらい、恋愛経験ゼロな俺でも簡単に理解できる。

 そんな俺の呆れた心が顔に出ていたのか、それに答えるようリーシャがさらに口を開く。


「そうなんです。馬鹿なんですよ。ゼローグは。馬鹿でクズ。それも全く笑えないやつです」


 そう答えたリーシャの表情に笑みは一切無い。ガチだ。

 ゼローグの事がガチで嫌いな事がその表情から見て取れた。


「確かに、笑えない馬鹿ほどヤバい奴はいないな」


「〝ヤバイ〟の意味がよく分からないのですが、とりあえず私がどれほどゼローグの事が嫌いなのかは分かって貰えたようですね。あとそれと、私が討伐されてしまったという虚説に対してゼローグがどう出てくるか……。」


「リーシャの事が好きな奴なんだろ?そりゃ当然怒り狂って今まで以上に侵攻を強めてくるに決まってるだろ」


 ある意味俺もゼローグと同類だからこそ分かる事。


「まぁ、そうですよね……」


 そして、ここまでの話の内容を知らない人族は、魔王を討伐したという嘘に浮かれている。

 これからますます戦争が激化していくとも知らずに。


「なるほど。しかし、そういう理由で300年もの間魔族と人族が歪み合ってるとはなぁ……」


 俺の個人的感情論は敢えて抜きにした上で、正直な感想を言うとすれば、

 リーシャには悪いが、事の重大さからすると意外と下らない理由だとも思ってしまった。

 何せ、300年も続く大戦の発端が色恋沙汰のもつれなのだから。

 もちろんそんな本音は口が裂けても言う事はしないし、そもそも俺個人の感情論を含めるなら決して軽い事情ではない。


「私さえ我慢してゼローグのもとへ行けば、長年のこの争いは無くなるかもしれない……それによって救われる命は数え切れないし、さらに言えば、既に私のそういったわがままのせいで沢山の命が失われてきた。それも300年もの間です。そう思うと責任を感じてしまって……」


 リーシャはそう思い詰めたように言った。

 事実、リーシャの言う通り無数の命が散ってきた事だろう。

 そして、その事実を重く受け止め、その事にリーシャは酷く心を痛めているようだ。


 確かにそうなのだろう。

 リーシャが言うように、リーシャさえゼローグと結ばれる道を歩めば事は丸く収まるのだろう。

 

 ――でも、嫌だ。

 まるで子供が駄々をこねるように、『そんなの嫌だ!!』と、心が叫んでいる。


「本当、モテる女は辛いな!」


 しかし俺はそんな醜く汚い本音とは裏腹の明るい口調で言った。

 笑顔を混じえ、敢えて冗談っぽく、思い悩んだリーシャを少しでも笑顔にしたくて。


「ふふ、そうですね」


 そんな俺の声にリーシャは微笑んでくれた。


 この時俺は思った。

 この笑顔を守りたいと。

 そして俺は力強く言った。


「要はそのゼローグをぶっ倒せばいいんだな?」


「え?」


 俺の言葉にリーシャが驚いたように目を見開いた。


「リーシャはどうしたい?ゼローグの求婚に背きながら、争いが消える事のない世界の中を生き続けたいか? それともゼローグの女になって願いを聞き入れて貰うか? それとも、俺と一緒にゼローグを倒して、魔王としての実権を取り戻し、世界平和を成し遂げるか? リーシャはこの中からどれを選ぶ?」


 即答だった。


「3つ目です。勇者君……お願いです。どうか私を助けて……」


 そうリーシャは泣きそうな顔で頭を下げた。


「分かった。……それとだな。これだけは言っておく。好きな人と結婚したいと思う事は当然の事であって、女は皆生まれながらにして好きな男から幸せにして貰える権限を持っている。言わば〝女の特権〟というやつだ。そしてその特権は魔王であるリーシャにももちろんある。だからそれについてリーシャが悲観するのは違う。覚えておけ」


 もちろん俺独自の言葉じゃない。エロゲーで得た殺し文句だ!――決まった。


「……やっぱり勇者君。女慣れしてますね」


 あれ?逆効果?


 まるでインチキ臭い奴を見るような目でリーシャがそう言った直後、「でも」と続け、


「……嬉しいです。そんな風に言って貰えて……」


 そう言うとリーシャは体を預けるようにして俺の体へともたれ掛かってきた。

 俺の胸に顔を埋めながらリーシャのその小さな体は小刻みに震えていた。

 俺はその小さな体を両手で優しく包み込むと、リーシャの耳元で小さくこう言った。


「大変だったな……。いっぱい泣け。遠慮するな」


「ゔぁぁーーん!!」


 その言葉に張り詰めた何かがプツリと切れたかのように、リーシャは声を上げて泣いたのだった。

 

―――――――――――――――――――

作者より


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