第8話 ドス黒い欲望

 リーシャから返ってきた答えは全く予想だにしない斜め上をいくものだった――


「それは、ゼローグが私に惚れているからですね」


「えっ!?」


 何だろう。この感じ。

 一気に胸の奥がザワザワと騒ぎだす。


「何ですかぁ!?その意外そうな反応は?まぁ、人族の勇者君からしたら私なんて取るに足らないただの魔族の小娘にし見えないでしょうが、これでも私実は、魔族の間じゃまぁまぁモテる方なんですよ?」


 と、リーシャが頬を膨らませながら言うが、全く意外じゃない。むしろ納得だ。


 なるほど。

 リーシャに惚れているから生かしている。監視を付けて管理下に置いている――ゼローグのその全ての行動に納得がいった。


 ただ、それを聞いた途端に胸の奥がものすごくざわつく。これが童貞の性というやつか。


 折角仲良くなれた可愛い女の子に男の影が見えた途端に一歩引いてしまう。

 自分なんかがこんな可愛い女の子の隣りに立てるわけがないと、最初から負けた気になってしまう。


「いや、ごめん。意外というか、その……びっくりして。で、リーシャはどうなんだ?……そのゼローグって奴の事。――好きなのか?」


 魔族側の内情やリーシャの身の上事情といった話からはどんどん逸れた方向へ進んでいくのが分かっていながら、俺はそれを聞かずにはいれなかった。


 すると、リーシャはすぐにむっとした顔で、


「いいえ、まったく!全っ然!これっぽっちも!私にそんな気はありません!!冗談でもそんな事言わないで下さい!!」


 と、力強くそう答えた。


「そ、そうなのか!?」


 それを聞いた俺は思わず声がうわずってしまい、そんな俺をリーシャはじろ〜と見ながら、


「何でそんなに嬉しそうなんですか?……あれ?まさか、勇者君って、私の事を――」


 と、俺の核心部分に触れようとしてきたので、


「バッ!!馬鹿!違う!そうじゃ、そうじゃない!」


 俺は慌ててその話を中断するように食い気味に否定した。

 そんな俺の様子にリーシャは、


「――あははは!冗談ですよ!それにしても勇者君のその顔!真っ赤ですよ!?そんなに必死に否定しなくても〝勇者〟ともあろう人が魔族である私なんかに惚れるわけない事くらい、さすがに分かりますから!……人族の女の子は可愛い子多いですからね」


 と、腹を抱えて笑ったが、言葉の最後のところから読み取るに、どうやらリーシャは自分の美貌の程を理解していないようだ。


 ――お前ほどの可愛い女の子はおそらく存在しない。


 と、最後のところ少し寂しそうな表情をしたリーシャへそう言ってやりたい。


 自分に自信満々な百戦錬磨のモテ男ならば、お洒落にカッコ良く、さらりと言ってのけるのだろうが、当然俺ではそんな大技は繰り出せない。

 

 ともあれ、今ので自覚した。


 他の誰かがリーシャを欲している事を知り、焦燥感や嫉妬心が芽生え、そして同時に身勝手なドス黒い欲望も溢れ出した。


 愛欲、情欲、肉欲、性欲――独占欲。


 全てリーシャへ向けられた感情だ。我ながらヘドが出る程の醜い感情だが、


 ……でも分かる。本能的に。


 たぶんこれが『好き』という感情なのだろう。『恋』というやつなのだろうと。


 そんな事を頭の中でグルグルと考えていると、リーシャが再度声を掛けてきた。


「勇者君?どうしたんですか?顔、本当に真っ赤ですよ?熱でもあるんですか?」


 そう言ってリーシャは、ぴとっと、おでこ同士をくっつけてきた。


「――おわぁ!!」


 俺は反射的にリーシャから離れた。これ以上の刺激はキャパオーバーだ。

 心拍数がやばい事になってる。

 一方、リーシャはというと、『何か私やっちゃいましたか?』的なキョトン顔だ。


「あ、あんまり揶揄うな。俺はこう見えてシャイなんだ」


 いくらリーシャの事を〝女〟として見ようが、独占欲を芽生えさせようが、欲情しようが、あくまでそれらの感情は俺の中だけでの本音――そりゃ、もちろん隠すさ。


「そのルックスで、しかも勇者で、そのくせシャイですか……?矛盾が渋滞してますけど?私の目に映る勇者君は女の子にモテモテで女慣れしてるようにしか見えませんけどね」


 リーシャの言う俺への印象は本来の俺――加藤謙也とは真逆な人種だ。


 でもまぁ、考えてみれば確かに。

 今の俺はあくまで勇者エーデルであって所謂イケメンの部類に入るだろう。

 だが中身は加藤謙也。生粋の童貞男子だ。


 もちろんリーシャに伝わっているのは前者のみ。後者については知る由もない。


 一応誤解がないように言っておくが、〝俺〟が憑依する前の勇者エーデルは事実モテる事を知りつつも、女にうつつを抜かす事なく、しっかりと〝勇者〟であった。と、エーデルとしての記憶にはそうある。

 

「おい!勇者をなんだと思ってるんだ!?俺は幼い頃から魔王討伐の為、世界を救う為だけに日々鍛錬ばかり積んできたんだぞ!?女にうつつを抜かす暇など無かったんだから、シャイなのは当然だろ?」


「へぇ〜。勇者君みたいなイケメンもいるんですね。ちょっと見直しました。私、イケメンは皆ゼローグみないな奴ばかりだと思ってましたので」


 そうか。ゼローグはイケメンなのか……。


「そのゼローグって奴は一体どんな奴なんだ?」


「どんな奴って、最低な奴ですよ!自分が魔族最強である事をいい事に、周囲を〝力〟でじ伏せ、自分のわがままを押し通す。欲しい物は全て手に入れなければ気が済まない。私の事も所詮〝物〟くらいにしか見ていないはずです。ちょっと顔が良いからって調子に乗って自分大好き……痛々しいにも程があります!あんな男に好かれるなんて最悪です。……あいつの話をしてるだけで気持ち悪くなってきました……ウェ……」


 と、リーシャは本当に気分が悪そうに顔色を悪くする。本当に嫌なのだろう。……安心した。


「お、おい。大丈夫か?」


 俺はリーシャを気遣うと少し笑みを浮かべてこちらを見た。


「えぇ。ありがとうございます。でも、私がこうもゼローグを毛嫌いしている事は実は良い事では無くて。そこにこそ、全ての発端はあるんです……」


 そう言い辛いそうに話は途切れ、リーシャはその後を「それが何かわかりますか?」みたいな少し上目遣いで投げ掛けてきた。

 

 リーシャの言う〝全ての発端〟。

 ここまでの話の流れからして長きに渡る魔族と人族との戦争の事だろうか?

 もしそうだとして、それさえ分かってしまえば話し合いに持ち込み、リーシャの言う〝世界平和〟が実現するかもしれない。


 そう思った俺は息を飲んで聞き返した。


「それは一体……?」


「端的な話をすれば、私がゼローグからの求婚にさえ応じれば、私が目指す理想郷へ一歩近付く事ができます。いや、一歩どころでは無く、一気に叶うかもしれませんね。〝世界平和〟が。」


「え?」


 何故、それとこれとが繋がるんだ?と、意味が分からない俺は素っ頓狂な声を上げた。

 リーシャは再び嫌な話をするように、少し怒ったような顔で話し始めた。


―――――――――――――――――――

作者より


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