第6話 魔王の願い

「……実は私、魔王でありながら魔界を追放されてしまった身なのです」


(なるほど。そういう事か)


 普通じゃ考えられない『魔王なのに魔界を追放された』という事象だが、聞かなくともその理由が分かってしまうのが辛い。


「そうか。それは残念だったな」


 なので、敢えて掘らないつもりで言葉を返したがリーシャはどこか不満そうな表情を浮かべた。


「え?聞かないんですか?理由……」


 うん。分かるから。聞かなくても。……弱いからでしょ?――というのは、胸の内だけで、それを実際に口に出すような不粋な事はしない。


 でもまぁ、ご要望とあらば、分からないフリをしてでも聞いてみるか。

 実際、俺の想像してるものと違う可能性もあり得るし……。


「あ、あぁ……そうだな。……それで、理由は一体何でなんだ?」


「なんか、すっごく、わざとらしいんでけど?」


 リーシャは何か疑うようなジト目で俺を睨んでくる。

 まぁ、自分で言ってて分かるくらいの棒読みだったからな……。


「そんな事はないさ!」


 と、しらを切るが、リーシャの俺を見る目は更に細くなる。


「さては勇者君。私にまったく興味ありませんね?」


「そんな事はない!むしろ、ある!」


 と、リーシャの問い掛けにそう力強く即答すると、リーシャの表情は一転、今度は「え?」っと、驚きの声と目を見開き、おろおろと視線を彷徨わせ、頬を赤く染める。


「……きゅ、急にそんな、はっきりした口調で言われると照れてしまいます。――もう!勇者君ってば揶揄わないでください!」


 そう言ってバシッと謎に背中を叩かれた俺は今、困惑気味である。

 だが同時に、曲がりなりにもリーシャという美少女が俺の言葉に照れてくれた事に喜びを感じる。


 でも、ごめんなさい。こういう時どんな顔をしたらいいか分からないの。

 というわけで、俺は俺らしく、童貞精神にのっとって平静を装う。

 

「そんな事より、リーシャは何故魔界を追放されたのか、その話を聞かせてくれよ」


 そう言うとリーシャは、照れた顔を止め、表情を真面目に戻す。


「はい。そうですね。では本題に戻りましょう! 私が魔界を追放された理由――実はその理由っていうのは色々あるのですが……まぁ、つまるところ、私に〝力〟が無かったからなんですよね……不甲斐ない」


 ――はい。俺の予想通りでした。


 しかし、魔族の頂点に君臨するはずの魔王が魔界を追放か。

 そして、その理由が弱いから――


 なるほどな。

 道理で、リーシャが強くなりたいと、執着するわけだ。

 強くなって魔界の王として返り咲きたい。そういう事だろう。

 ただ、この美少女っぷりだけは最強だ。何度も言うようだけど……。


「要するに、お前は魔王としての威厳が欲しい。その為に強く有りたい。そういう事だな?」


「確かにそうなんですけど。ただ、私が強い魔王でありたいというのはあくまで通過点で、最終的な目標はまた別のところにあります」


 ……あぁ。分かった。

 人族の殲滅――これがリーシャの最終目的ってところだな。

 でもまぁ、残念ながらこいつに強くなれる要素は見当たらないから、その心配は要らないけど。


 もしこれが素質ありありで〝最強の魔王〟になる可能性があったなら無論、弟子にはしなかったし、そもそも生かしてもおけなかっただろう。……たぶんね。


 でもまぁ一応、聞いてみるか。その〝最終的な目標〟とやらを。


「……で。その、最終的な目標って一体何なんだ?」


「魔族と人族の共存です」


 確かに、魔王城で初めて会った時のやり取りの中でそんな事を言っていた。

 だが、それは魔王である自分が死ぬ事で、その後魔族が滅ぼされる事を懸念した窮余の策だと思っていた。

 

 人族側から見た魔族へ対する評価はこうだ。


 人族にとって魔族は敵以外の何者でもなく、絶対に相容れる事のできない〝悪〟として捉えられている。

 当然、魔族側も人族側へ同じ感情を持っている。

 これが人族と魔族との間での共通認識であり、長い歴史の中においての〝当たり前〟だとされてきた。


 それを曲がりなりにも魔族の王であるリーシャがまさか最初から『魔族と人族の共存』を望んでいようとは、おそらく全人族誰も思わないだろう。

 

 確かにリーシャは想像してた魔王像とは大きく外れた、むしろ親しみやすく、可愛らしく、今や好感すら持っている。

 だがそれはあくまでリーシャは魔王であるという認識を前提に置きながら、当然、リーシャの考えの根底には、必ず人族に対する敵対心は持っているものだろうと、そう思っていた。


 人族である俺へ弟子入りを願い入れたのも、ただ〝魔王らしく〟強くなりたいという一心で、プライドを捨てた苦渋の決断だろうと。


 とは言いつつも、俺は俺で特に魔族に対しては何も負の感情とかは持っていないし、前述したように、むしろリーシャのその圧倒的な可愛さによこしまな心が働き、さらにはリーシャには才能が無いのも分かっており、強くなれる可能性がほぼゼロであるからこそ、別に人族の脅威になるような大魔王に変貌を遂げることも無いだろうと、弟子にしたわけだ。……よこしまな動機で。


 つまり、リーシャの思考の大元には、あくまで人族を駆逐する動機を持っているのだと、そう思っていた。

 なのに、


「そもそも私は争いを好みません。人間には人間の良さがあると思いますし、魔族には魔族の良さがあります。双方歪み合うのでは無く、互いに手と手を取り合って共存の道を行く事が最良の選択だと私は思っているのです。……そう。私の野望は世界平和ですから!」


 何だ?世界平和だって?

 ソレを望むのか?魔王がか?


 いや、もうこれって、魔王って言うより女神じゃ――と、思いかけたところで自分に降り掛かったあの事を思い出す。


 『――あなたを、殺してあげます』


 いや、〝女神〟といえば俺を殺したあいつの事が思い浮かぶから、例えるなら〝聖女〟ってところか。


「お前って、もしかして良い奴?」

 

「そうですね。私は結構良い奴です」


 控えめな胸を得意気に張りながらそう言い放ったリーシャ。


「自分で言わなければもっと良い奴だったのにな」


 そう揶揄うように言うとリーシャは「むぅっ」と膨れた顔をしたので、俺は苦笑しながら話の先を促した。


「話の腰を折って悪かったな。進めてくれ」


 リーシャは不満そうに「はい」と、返事をし、話の本筋へと戻る。


「……と、まぁ、そんなわけで私としては魔族と人族の共存の道をと、模索していたのですが……」


「そんなお前の方針を良しとしない強硬派に主導権を奪われ、追放されてしまったと?」


「……えぇ。まぁ、そんなところです。っていうか、勇者君。ずっと私の事をお前って呼んでますけど、私にはリーシャという名前がちゃんとあるんですから、出来れば名前で呼んでもらえますかね?」


 と、言ってきたので、俺は、


「あ、あぁ……悪かったよ。今後は気をつけるよ」


 と、謝罪した。

 するとリーシャはすぐに笑顔となって、


「じゃあ、試しに一度呼んでみて下さい!」


 と、小悪魔っぽい笑みで揶揄うように言ってきた。


 ――ダメだ。可愛過ぎる……。


 俺は照れを隠すように目を逸らし、リーシャの要望に応える。


「……り、リーシャ……こ、これでいいか?」


「うん!照れた勇者君もなかなかに可愛いですね!」


 リーシャは笑顔のまま俺の頭を「ヨシヨシ」と撫でてきた。


「――うるさい! で?話の続き!!」


 俺はその手を払いのけ、照れ隠しに怒ってみせたが、リーシャは満足気な笑みを崩さぬまま「はいはい」と俺の促しに答え、続きを話し出す。


「まぁでも、こんな私でも追放されるまでは一応、魔王として魔界を取り仕切ってたんですよ?」


 エーデルの記憶にある、魔王についての言い伝え。

 それによれば――


 魔王が人界に降り立ったのが300年前との事らしい。

 それまで、魔族と人族との間で特に大きな争いはなかったのだが、魔王が降り立った時を境に、魔族が人族へ攻撃を仕掛けてきた、とある。

 その伝説とここまでのリーシャの証言を照らし合わせていくと、段々とその話の真相が、見えてきた。


「つまり、リーシャに代わって今の魔界を仕切っているやつがいる。そして、そいつがある種、人族にとっての真の魔王という事でいいか?」


「正解です!さすが勇者君!頭良いですね!ただ、ゼローグの事を〝真の魔王〟と称する事は私として納得いきません。〝真の魔王〟はあくまで私であって、ゼローグは紛い物の〝自称魔王〟に過ぎませんので、そこのところは履き違えないで下さいね?」


 リーシャにとっては重要な事なのだろうが、俺にとっちゃ誰が〝真の魔王〟だなんて、知った事じゃない。

 そんな事はどうでもいい俺はリーシャのその主張を適当に「あぁ、はいはい」と軽くあしらいながらも、頭の中で今の話をさらに精査していく。


―――――――――――――――――――

作者より


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