第5話 魔王と部屋で二人きり……

「勇者エーデル。此度の魔王討伐の件、よくぞ成し遂げられた!其方のお陰で世界は救われた!よって、その偉大なる功績を称え、其方には〝賢者〟の称号を与える!」


 イーラン王国王城、謁見の間にて、俺は国王から賢者の石が埋め込まれた首飾りを掛けて貰うと、


「……身に余るお言葉と称号。恐れ入ります……(本当は討伐していないのだが……)」


 と、複雑な心境で言葉を返す。

 その心の真意、何故なら魔王は生きていて、今まさに俺のすぐ後ろで跪く姿勢を取っているのだから。


 賢者の首飾りを受け取った俺は一歩下がり跪くと、チラリと横へ視線を向ける。

 そこには黒髪ショートの美少女――魔王(弟子)が険しい表情で下を向いている。


 〝魔王〟としてのプライドだけはある彼女の事だ。

 さぞ、〝魔王討伐〟を褒め称えるこの場が気に食わないのだろう。


 そんな魔王へ、魔王とはつゆ知らずの国王が話し掛けた。


「そして、勇者エーデルの……弟子?とやら。其方もその傍らで魔王討伐に尽力されたのであろう?」


「…………」


 その声掛けに顔を上げた魔王はしかし、国王を睨むように見るだけで返事をしない。

 当然、不穏な空気が流れ始める。


 俺は慌てて魔王に肘で合図する。


(おい!)


 魔王がこちらを向いた。……うっ。


 もはや魔王の可愛さは凶器とも言える。

 そんな凶器的美貌を前触れ無くいきなりこちらへ向けられては心臓に悪い。童貞だから尚更。

 そんな事を思いながら俺は目で合図を送る。


(何でもいいから返事をしろ!)


 お!視線だけで意図を汲んでくれたらしい。

 魔王は仕方なさそうにため息を一つ吐くと、国王へと向き直った。


「はい。魔王は非常に強く、大変な苦戦を強いられましたが、何とか生きて帰ってくる事が出来ました。それと、私の名はリーシャと申します。以後お見知りおき下さい」


 と、ぶっきらぼうに、あくまで『魔王はとても強かった』体で話した魔王。

 

 にしても魔王コイツの名前、リーシャっていうのか。初耳だ。


「おぉ!其方の名はリーシャか!今後もまた国の危機、はたまた人族の危機に陥った際は宜しく頼むぞ?」


「はい」


 相変わらずな表情で国王の言葉に返事をした魔王改め、リーシャ。

 その表情からも、さぞはらわたが煮えくりかえるような気分なのだろう。


 ちなみに、この場には俺とリーシャの功績(?)を讃える為に、王族や上級貴族といった要人達が参列しているのだが、その者達の視線が何故か俺よりもリーシャの方ばかりを向いているような気がしているのたが……。


 おそらくは、リーシャの国王へ対する不躾な態度を卑下する視線なのだろう――と、思いきや、

 

「それにしても勇者殿のあの弟子の娘……」

「あぁ。まさに絶世の美貌の持ち主だな」

「あんな美貌は見た事がない。もしも、わしがあと10歳若ければ……」

「それにしても可愛いらしい。我が息子の嫁に欲しいくらいだ」

「あぁ、若い娘はええなぁ〜。わしの妾になってくれかのぉ」


 などなど、聞こえてくるヒソヒソ話はリーシャの美貌へ対する称賛ばかり。

 魔王とも知らずに。


 ちなみに、国王の計らいで、俺は賢者として、リーシャは俺の弟子として、2人とも食客として王城で住まわせてもらえる運びとなった。




 ◎●◎




 王城での褒章式の後は王都にて、目が眩む程の大観衆の中を凱旋パレードだ。

 飛び交う大歓声と称賛。その全てが俺と、隣りを歩くリーシャに注がれる。

 

(本当は討伐してないんだけど……俺の隣りにいるコレが魔王なんですけど)


 そんな複雑な思いを胸に俺は複雑な表情。

 そして隣りのリーシャはもちろん不快感を露わにした表情である。


 凱旋パレードを終えた俺とリーシャはそれぞれの部屋へと案内され、今俺は一人、一息ついているところだ。


 ベッドの端に腰を落とした俺はここまでの出来事を振り返る。


「ふぅ……それにしても、一体コレは何なんだ?」


 突然の異世界転移からイケメンへ変貌を遂げ、勇者として魔王討伐戦へ。

 さらに何故か魔王が超絶美少女で、俺の弟子となって……と、本当に色々な事があった。まるでラブコメのような展開だ。

 そんな事を思い出しながら俺は心の整理を図っていく。

 

 ――これからはこの世界で生きていかなければならないと。


 そう気持ち新たにしたその時だった。


 ガチャ。


「ちょっといいですか?勇者。」


(――え?何?付け!?)


 そんな違和感を感じつつも入ってきたリーシャの姿に悶絶する。

 風呂上がり直後のリーシャは黒い寝間着姿でとても色っぽく、そしてふわりと甘く香る女の子特有のいい匂いが部屋の中を満たした。


「あぁ、まぁいいけど。てか、『勇者』ってなんだよ」


 そうツッコミを入れつつ返事をすると、リーシャは「えへへ」と、笑みを零しながらベッドの端に腰掛ける俺の隣りへちょこんと腰掛けた。

 すぐ隣りに座った事ででリーシャから出る甘い体臭が直で鼻腔に入ってくる。


(めっちゃいい匂い……)


「まぁ、いいじゃないですか。じゃあ『勇者君』が嫌なら何と呼べばいいんですか?やっぱり『勇者様』?それとも『師匠』?」


 こんな美少女から何と呼ばれるかは、童貞をこじらせている俺にとっては重要事項だ。

 正直、君付けは中々に良いと思う。『勇者様』と『師匠』はなんかつまんない。

 だが、君付けよりももっと萌える呼び方はないだろうかと考え込む。


(う〜ん……やっぱりこれかな……)

 

「……ご、ご主人様……とかは?ダメか?」


「却下です。私はいつから勇者君のメイドになったんですか?そんな支離滅裂な呼び名を強要するなんてダ・メ・で・す・よ?」


 と、リーシャは小悪魔的笑みを浮かべ、俺の頬を人差し指でツンと突いてきた。

 ヤバい。可愛さが爆発している。


 そしてさらにリーシャは「でも」と言葉を継ぐと、


「勇者君ってそういうのが好みなんですね……この、変態勇者……」


 と、今度はジト目で罵ってきた。

 

 変態勇者って……何だよこれ。

 ただのご褒美じゃないか。


 本当、一体何なんだこの魔王は……。童貞の俺には刺激が強過ぎる。この可愛いさに、思わずニヤけてしまいそうだ。


 もう何か、呼び名なんてどうでも良くなってきたな……。


「……じゃあもう何でもいいよ。好きに呼んでくれ」

 

「あれ?もしかして私、少し調子に乗り過ぎましたか?……ごめんなさい……」


 リーシャの可愛さにニヤけてしまいそうな自分を取り繕おうと取った態度が、リーシャには怒らせてしまったと見えたしらく、しゅんとした顔で謝ってきた。


 気が小さいくせに勢いのままに突き進む。そして後悔して反省する。

 リーシャと出会ってからまだたった1日しか経っていないのに、既にこのパターンには何度か遭遇している。

 どうやらリーシャのお決まりのパターンらしい。


「いやいや。そんな事で怒らないから。呼び方も好きにしろ」


 俺がそう言うと、リーシャはホッとした表情で胸に手を当て、


「なんだぁ〜。良かったぁ」


 と、呟いた後、


「じゃあ、『勇者君』にしますね」


 と続けた。

 

「あぁ。好きに呼んでくれ。……で、それだけか?呼び方を決めるだけの為に来たのか?」


「いえ、違います。用件は約束の話をしようと思って」


「約束の話?」


「はい。私を弟子にしてくれたら話すと約束したアレです」


 昨日、魔王城にてリーシャが口にしかけた続きを話しにきたらしい。


 ――『で?強い〝魔王〟になってどうする気だ?人族を滅ぼす気か?』


『違います!むしろ私はその逆の考えを持っていますから』――


「あぁ、アレか」


「はい。私の、魔王としての本当の目的を教えてあげます」


 ―――――――――――――――――――

作者より


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